相手の「弱み」を利用する

 とはいえ、まだ噂の段階だ。真に受けてはいけない。
 しかし、これが本当ならば交渉は明らかに私たちに有利だ。なぜなら、実質的に合併によって救済されるのは相手企業だからだ。であれば、特許侵害で訴訟に持ち込まれて、大きなトラブルを抱え込むのは是が非でも避けたいはず。こちらの要求を飲む可能性が高いということだ。

 そこで、私は、情報の確度を確かめるために、交渉の場で強い要求をぶつけることにした。かなり高額の損害賠償請求を提示するとともに、これに応じないならば、すみやかに訴訟手続きに入ると突きつけたのだ。そして、相手の反応に目を凝らした。

 こちらが提示したのは、かなり高額の損害賠償請求だ。
 もしも、合併情報が偽りであれば、「冗談じゃない」と抵抗する姿勢を示すはずだ。しかし、彼らは動揺を隠せなかった。そして、損害賠償請求が過大であると反論を加えることに終始するだけで、訴訟の話には触れたがらなかったのだ。トラブルに発展するのを避けたがっているのは明らかだった。これで、私たちは確信を得た。合併情報は本当なのだ、と。

 もちろん、その後の交渉は一貫して有利に展開。相手企業は賠償金を減額すべく粘ろうとしたが、「訴訟カード」をちらつかせれば、相手も強気には出られない。結局、異例のスピードで高額の損害賠償を勝ち取ることに成功。「相手の置かれている状況」を把握することで、圧倒的なパワーを手にすることができたのだ。

 こう言ってもいいだろう。
 交渉の争点にばかり目を奪われてはならない、と。
 交渉の争点は、いわば“局地戦”である。そこにばかり集中するのではなく、「相手が置かれている状況」を俯瞰したうえで、大きな視野で交渉戦略を考えることが大切だ。

 先ほどの例で言えば、「企業合併」は交渉の争点でもなんでもない。しかし、相手にとっては「企業合併」はきわめて重要なテーマであり、それが特許侵害に関する交渉にも大きな影響を及ぼすのだ。