本作のフランス革命の描写は
他のどの作品もかなわない

 物語はこのアウステルリッツ会戦から一転してナポレオンの誕生までさかのぼり、あとは時間順に進行していくのだが、なかでもナポレオンの表舞台登場以前、フランス革命の描写がものすごい。

 1789年、民衆のバスティーユ牢獄襲撃がフランス革命の号砲だが、これ以降の10年間が権力闘争の時代で、ナポレオンの権力掌握(1799年)まで続く。

 革命推進勢力をジャコバン・クラブという。根城がジャコバン修道院だったのでこの名がある。最右派の立憲君主制を目指す一派から最左派の急進的共和派まで、思想には右から左までバリエーションがあった(ちなみに右派と左派はこの時代のフランスに始まる)。

 当初は立憲君主派が優勢だったが、外国勢力による武力干渉が始まると、最左派が勢力をのばす。やがて最左派だけをジャコバン派と呼ぶようになる。代表的なリーダーが有名なマクシミリアン・ロベスピエールだ。

 1793年にロベスピエールが公安委員会で権力を握ると、立憲君主派などの右派を取り締まり、次々に逮捕してギロチンで公開処刑していく。この間の長谷川哲也の描写には鬼気迫るものがある。ギロチンにかけられた犠牲者は全国で1万数千人に及ぶといわれている。しかし、独裁者ロベスピエールもまた1年後に反対派に拘束され、ギロチンにかけられてしまう。

 この間、物語にナポレオンは登場しない。ナポレオンが活躍を始める直前の物語だからだが、作者は延々とフランス革命の描写を続けていた。この場面の雑誌連載は10年前だが、実は今もときどきジャコバン派の弾圧が脳裏に浮かぶほどの強烈な表現なのだ。

 フランス革命の細部に及ぶ描写は、どのような研究書や専門書、あるいは啓蒙書も本作にかなわないだろう。優れた漫画だけが可能にした表現だ。

 最新刊の第16巻は、1812年のロシア遠征で、ナポレオン戦争のターニングポイントとなる敗戦を描いている。

 チャイコフスキーが祝典序曲「1812年」でロシアの勝利を管弦楽で描写している戦争だが、ナポレオン軍からみると、厳寒の地で凍傷と飢餓に苦しめられながら西へ敗走する悲惨な物語だ。

 ナポレオン軍の敗走は第16巻では終わらず、まだ延々と続きそうだ。

(ダイヤモンド社論説委員 坪井賢一)