発売からわずか1カ月で8万部を突破し、大きな反響を呼んでいる戦略デザイナー・佐宗邦威氏の『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』――。ビジネスの世界に蔓延する「他人モード」から抜け出し、自分なりの「妄想」を起点にアウトプットする方法を説いた同書は、各界トップランナーからも圧倒的な評価を得ている。

しかし、何も根拠がない内発的なアイデアが、なぜビジネスを駆動させるモチベーションになりうるのだろうか? そこで今回は、『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』などの著書があるIT批評家・尾原和啓氏と佐宗氏とのオンライン対談を企画した。全3回にわたってお送りするシリーズの第2回(構成:高関進)。

「ヤミ落ち」しそうな時ほど、「妄想力」を武器にしたほうがいい[尾原和啓×佐宗邦威 対談(2)]尾原氏が海外在住ということもあり、当日はオンライン会議システムZOOMでのリモート対談取材となった。

「外から内」のモチベーション
「ほめられたい!」の落とし穴

尾原 佐宗さんの『直感と論理をつなぐ思考法』を読んで思い出したのは、ミラノ工科大学教授のロベルト・ベルガンティが語っているデザイン思考の「外から内へ」と「内から外へ」の対比ですね。
ここ5年くらいで、「外から内へ」のメソッドがすごい勢いで論理化され、手法化され、世の中でも受け入れられていますが、佐宗さんがいたP&Gは「外から内へ」の最高峰でしょう。でも、「外から内へ」をやり続けていたら自分が摩滅してしんどくなりますよね。

「ヤミ落ち」しそうな時ほど、「妄想力」を武器にしたほうがいい[尾原和啓×佐宗邦威 対談(2)]尾原和啓(おばら・かずひろ)
IT批評家、藤原投資顧問、書生。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『ITビジネスの原理』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)、『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(共著、日経BP社)など多数。

佐宗 はい、しんどかったです。たとえばある商品の売り上げを120パーセント伸ばすというゴールがあったとき、110パーセントだったらめっちゃ怒られるんですよ(笑)。P&Gにいるのはマーケティング界の傭兵みたいな猛者ばかりですから、「プロフェッショナルならこれくらいやって当たり前」という空気のなかで、みんな必死にやるんですよ。でも僕は「これを何年も続けて、ほんとに意味があるのかな?」と思い始めたんです。
KPI(重要業績評価委指標)などは、ある程度使うのは大事ですが、それに頼りすぎると人間として歪んでくるんです。少し結果が出なくてほめられなくなった瞬間に「ほめられたい中毒の禁断症状」が出てくるみたいな。

尾原 「ほめられたい」というのもで、単純に言えば、外の評価の物差しに合わせにいく「外から内」そのものですからね。これを続けていると、「内から外」のアプローチからはどんどん離れることになっちゃうんですよね。

佐宗 最終的に評価されたらうれしいですが、そこをメインにしているわけではないですからね。今回の本づくりを通じて自覚できたのはその点です。評価されるためではなく、好きだからやってしまうというところに行けたのが大きかったですね。

尾原 僕が『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』(幻冬舎)で世に問いかけたかったのもそこです。だから、本を読んで共感してくれた人たちが「私も好きとは何かを考えてた」「私も意味合いとは何かを考えました」「新しい世代にとっての幸せとは何かを考えていました」って寄ってきてくれたのがうれしかったですね。しかも、本を起点にしていろんなコラボレーションが広がっていく。本づくりは「内から外へ」の典型で、自分の考えを外に出せます。

「この本はヤミ抜けのメソッドが書かれた本」

尾原 「外から内」の圧力に負けない「内から外へ」をどういうプロセスでつくっていくのかということは、さっき佐宗さんもおっしゃったように、「好き」でやることでしょう。好きでやっていると時間を忘れるし、外側からほめられなくても平気で続けていられる。ゲーム感覚で夢中になる――これってすごく大事です。
以前、「テトリスエフェクト」というゲームを手がけたクリエーターの水口哲也さんに聞いたんですが、この「夢中にさせる」効果は重要だそうです。
アメリカで、戦場に行く際にゲームを渡した群と渡さなかった群を調べたんですが、渡した群のほうがPTSD(心的外傷後ストレス障害)になりにくかったそうです。PTSDの原因は何かといえば、人を殺めてしまったとか友達を見殺しにしてしまったなど、罪の意識がグルグルと回って、自分で自分を傷つけてしまうことです。

佐宗 でも、ゲームに夢中になれると、ネガティブな記憶の再生が止まり、自分を傷つけずにすむ、と?

尾原 そのとおりです。そしてもう一つ大事なことは、「ゲームをやっているときは罪の意識に苛まれていない自分がいる」と認識できることです。「罪について考えなくても生きていける」と気づける。それで自分のグルグルを相対化できるんです。
これと似たようなことを、元HKT48のゆうこす(菅本裕子)さんも言っています。彼女はHKTにいたときに、周囲やネットから叩かれまくってヤミ落ちした経験があるんです。ヤミ落ち中にお父さんが連れて行ってくれた遊園地で、「自分のことを叩いていない人が世の中にこんなにいるんだ」ということに気づいた。それがヤミ落ちから抜け出せるきっかけになったそうです。

「ヤミ落ち」しそうな時ほど、「妄想力」を武器にしたほうがいい[尾原和啓×佐宗邦威 対談(2)]佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー。大学院大学至善館准教授/京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。BtoC消費財のブランドデザインやハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトが得意領域。山本山、ぺんてる、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、ALEなど、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行っており、個人のビジョンを駆動力にした創造の方法論にも詳しい。著書に『直感と論理をつなぐ思考法――VISION DRIVEN』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

妄想する力って、放っておいたらネガティブなグルグルにはまっていくこともあるから、自分を殺す刃になる。でも、実はとんでもない武器にもなる。だからこのグルグルの力と付き合っていくメソッドって大切なんですよ。グルグルする力をプラス方向にもっていく方法として、『直感と論理をつなぐ思考法』は非常に役立つんです。
ネガティブな妄想をコントロールできるようになる、あるいは、そういう後ろ向きのループが自分の中の一つのモードでしかないと気づける。そういう意味でこの本は「ヤミ抜けのための処方箋」としても、ものすごく効果があるんじゃないかと思います。

佐宗 『直感と論理をつなぐ思考法』を書くとき、尾原さんの言葉でいえば、実は「ヤミ抜けの本」を意識していたという面はたしかにあるんです。「これからはいろいろつらいことを見る時代になるかもしれない。でも、真っ黒に見えるものでもそう見えない見方があるよ」ということを伝えたかったんです。ベクトルとしてはマイナスベクトルかもしれなくても、認知は変えられるわけです。明るい世界に慣れていると、自分が放っている光がわからなくなります。でも、暗い世界になることで、最初は怖くても、自分自身から出ている光に気づけるんだと思います。

“グルグル力”を使いこなす時代になる

佐宗 僕自身もうつで休職していた時期に、いろいろともがきながらすごくたくさんの本を読んだんです。たとえば『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』(ジル・ボルト・テイラー著・新潮文庫)という、左脳が壊れた脳科学者の心理の変化について書かれた本があります。それを読んで、体感覚や直感を司っているイメージ脳と言語脳との切り替えについて興味をもちました。
だいたい、うつにはまるパターンは、左脳型の論理・言語が優位になりすぎて、認知の状態を制御できないからだそうです。それでグルグルしてしまう。

尾原 『直感と論理をつなぐ思考法』では、Lモード(言語脳)とRモード(イメージ脳)の話をされています。僕が思ったのは、Rには複数のグルグルがあって、この複数を行き来できるようになれば、ヤミ抜けできるのではないでしょうか。
Lだけで生きていると、強烈なRが来たときそれに引っ張られてしまいます。そうするとうつになる。Rの強さに負けないためには、複数のグルグルと付き合う術を身につけなければなりません。小さなグルグルをたくさんつくって、自分の中にある「グルグルのリテラシー」の解像度を上げていくということです。
たとえば、アマゾンCEOのジェフ・ベゾスが掲げる行動規範は「カスタマーファースト」ではなく、「カスターマーオブセッション」です。「オブセッション(強迫観念)」はちょっと日本人にはわかりにくい概念ですが、「取り憑かれたように、それしか考えられなくなる状態」ですね。
つまりアマゾンは、カスタマーのためにそれくらいグルグルを使うことを社員に強制する会社なんですよ。あえて「オブセッション」に飛び込むことで、取り憑かれたみたいにずっとカスタマーについて考えているからこそ、突き抜けたサービスを世の中に提供する力が出る。このオブセッションの力、グルグルする力はこれから非常に大事になってきます。複数のオブセッションを行き来することで「相対化できる自分」になる時代だと思うんです。

(第3回へ続く)