感度のいい子ほど学校教育の「嘘」に気づく
――問題を解ける人より、旗を立てられる人へ

山口:こんまりさんが示した価値の変化は、とても象徴的だと思います。こうした価値の変化は、今後、教育にも大きな影響を与えるでしょう。

 モノをつくる、新しいことをする、データを集めて説得する──こうしたことができる人、正解を出せる人が、これまでは偏差値が高くて優秀とされ、就職活動でも評価されてきました。ところが、すでにそこに価値がないとわかっている。それなのに、親は旧態依然とした教育を子どもに施している。

 となると、賢い子・感度のいい子ほど、学校教育の嘘に気づいていて、学校に行きたくなくなっているのではないかと思うんです。でも、教育が変わるまでにはものすごく時間がかかります。だからこそ、この本は「(周りの大人に)ダマされてはいけないよ」という、ある種のサインポスト(道標)でもあるんです。

尾原:まさにそれは、4年半前、娘が8歳の時に、私が家族でバリに引っ越そうと思ったきっかけですね。娘は現在12歳なのですが、当時、詰め込み型教育の限界が来ているこの時代に、まだ同じ教育が施されてしまう彼女が、「一番不幸な世代」に思えました。

 これまでの教育は、解き方や正解がわかっている問題に、早く間違えずに解答できる人が優秀とされるものでした。

でもこれからは、問題を提起できる人、問題を提起するための仲間を集められる人、「問題がここにある」と旗を立てられる人が重用されます。

 それがわかっているのに、残念ながら世界の中で日本だけが、教育の転換に時間がかかっている。東南アジアにも、5年ほど遅れをとっています。

 東南アジアの場合、現地の教育に期待ができないぶん、英語を磨き、インターネットで最新の教育を調べ、どうしたら次世代のヒーローになれるかを必死で探していることも関係しています。

 彼らはオンライン大学やGitHubにつながり、プログラムを提供してフィードバックを受けるという環境、つまり、みんなで共に何かに挑戦するという環境に慣れているわけです。

 ところが、日本は中途半端に「良い教育」が提供されており、中途半端に正解を出そうという教育が依然としてあるからこそ、転換できずにいる。いまだに「方程式を早く解こう」などというわけですよね。それでは世界のレベルに到底いけない。

 10年後には、今のニュータイプが前提になった教育が可能になるかもしれないけれど、少なくとも4年前にはありませんでした。だから、日本は大好きだけど、娘はバリの学校に通わせ、自分はシンガポールで稼ごうと決断したんです。(第2回に続く)