利益はあるけど、儲けていないって、どういうこと?

 「御社の状況は理解いたしました。非常に申し上げにくいことですが……、当行からの新規の融資はしばらく難しいでしょう」

 「えっ! なんでですか? 売上も利益も増えているじゃないですか!」

 早苗は伊藤の思いもよらない発言に動揺を隠せないでいた。今回の伊藤の訪問を機に、4月末の支払いのため、大江戸銀行に追加の融資を依頼しようと考えていたからだ。

 「たしかに、売上も利益も増加しております。しかし、利益は計上しているものの、御社は本当の意味で儲けてはいません」

 「利益はあるけど、儲けていない? 支店長の言っていることの意味が私にはよく理解できないのですが……」

 「千葉社長。利益には質があります。質の『良い利益』は利益の増加に伴いキャッシュも増えるので、儲けていると言えるでしょう。しかし、利益が増加しているのにキャッシュが減少する質の『悪い利益』も存在します。質の悪い利益を計上しているときには、会社のお金が減ってしまうのです」

 「良い利益と悪い利益? それじゃあ千葉精密の利益は、悪い利益ということですか?」

 「はい。B/Sをご覧ください。悪い利益が出ている証拠に、現金の残高が減少しています。その代わりに、売掛金や在庫が増えています」

 「でも、それでは今月末の支払いができなくなります! なんとかなりませんか?」
 早苗にとっては、会計の講釈より資金繰りのほうがよっぽど重要だ。

 「困りましたね。当行としても御社とはお付き合いが長いのでなんとかして差しあげたいのですが……。預金者から集めたお金を私の一存で動かすことはできないのですよ」

 「そこをなんとかお願いします!」
 早苗は半ば泣きだしそうな顔をして、伊藤に頭を下げた。

 「そういえば、私の知り合いで日本の製造業に特化して支援している投資ファンドの代表者がおります。御社のムーブメント製造の技術には、目を見張るものがあります。彼ならば、千葉精密の力になってくれるかもしれません」
 伊藤は早苗の必死の懇願に、銀行の収益にはつながらない話を持ち出した。

 「ぜひ、紹介してください!」
 早苗は投資ファンドについてはよく知らなかったが、背に腹はかえられぬ思いで伊藤の申し出を受け入れた。

 つづく

相馬裕晃(そうま・ひろあき)
監査法人アヴァンティア パートナー、公認会計士

1979年千葉県船橋市生まれ。
2004年に公認会計士試験合格後、㈱東京リーガルマインド(LEC)、太陽ASG 監査法人(現太陽有限責任監査法人)を経て、2008 年に監査法人アヴァンティア設立時に入所。2016年にパートナーに就任し、現在に至る。
会計監査に加えて、経営体験型のセミナー(マネジメントゲーム、TOC)やファシリテーション型コンサルティングなど、会計+αのユニークなサービスを企画・立案し、顧客企業の経営改善やイノベーション支援に携わっている。年商500億円の製造業の営業キャッシュ・フローを1年間で50億円改善させるなど、社員のやる気を引き出して、成果(儲け)を出すことを得意としている。
著書に『事業性評価実践講座ーー銀行員のためのMQ会計×TOC』(中央経済社)がある。MQ会計を日本中に広めてビジネスの共通言語にする「会計維新」を使命として、公認会計士の仲間と「会援隊」を立ち上げ活動中。