人気社会派ブロガー・ちきりんさんが、自宅をリノベーションした経験をもとにまとめた『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』。見積もり、助成金申請、工事の過程に至るまでを詳細に記した同書は、発売から半年を待たずに「リノベーションを検討する人の必読書」と言われるまでになっている。

株式会社N's Create.の代表・丹野伸哉氏も、同書に衝撃を受けた1人。N's Create.は、宮城県仙台市で中古マンション物件を中心にリノベーションを手掛ける不動産ショップを主な事業とし、国内最大級のリノベーションブランドである「リノベ不動産」にも加盟している企業だ。

丹野氏を対談のゲストとしてお迎えし、「地方×リノベ」のリアルを探る連載の最終回ではリノベーションを成功に導く要点が語られた。
仙台でリノベの価値を広めようと邁進する丹野氏、そして自身もリノベの体験者であるちきりんさんが考えた、「施主に必要なこと」とは? (構成協力/長谷川賢人)

「カッコよさ」優先なのは、市場が成熟してないから

丹野 ちきりんさんの本を読ませていただいて、自分たち、もっとちゃんとやらないとダメじゃん、と思ったんです。

「カッコいい部屋ができたよね」といった、提供側のエゴみたいなところもあったんじゃないかなと思って。

リノベを成功に導くには、施主にも「価値観の言語化」が必要丹野伸哉(たんの・しんや)
N’sCreate.代表取締役社長
宮城県仙台市出身。専門学校にてインポートビジネスを学びヨーロッパ(主にイギリス)輸入家具の取引や都内の有名ホテルのオーダー家具を製作・販売等に携わる。2010年に同社社長(現会長)結城創氏と社内リノベ部門を立上げ、2011年に本格的にリノベーション事業を始動。2014年、リノベーション部門を分社化した。2018年4月より同社代表取締役社長に就任。仙台という街が自分達の暮らしたい街になり、より豊かになればという思いを持ち、住宅以外にも店舗やビルなど様々なリノベーションプロジェクトを行っている。[写真提供:丹野伸哉]

ちきりん カッコいいことも大事だと思うんです。服とかファッションも同じで、カッコいい服、おしゃれな服をみんな求めてる。

でも消費者が成熟すればするほど「見かけ」と「機能」の優先順位が変わってくるんですよね。

日本もバブル時代は、競って高い洋服やバッグ、アクセサリーを身につける、「まずは見かけ」の時代でした。ところがニューヨークからは、通勤にはスニーカーがラクでいいよねってトレンドが出てくる。

生活者として成熟すると、まずは機能的に優れていることが「かっこいい」と思われ始め、そのうえで「デザイン的にもイケてるスニーカー」が選ばれるという順番になるんです。

バブルの頃に欧米に旅行したとき、若い女性が見かけに気をつかってないことに衝撃を受けました。学生なんてTシャツにジーパン、スーパーで売ってるようなペラペラのワンピースにゴム草履。お化粧をしない人もたくさんいる。

でも、今ならわかります。日本もそうなってきたから。心地よさとか動きやすさより見かけを気にするのは、文化的に途上国なんです。だから日本の次は韓国が、今は上海あたりの女の子がいちばんオシャレになってきてる。

丹野 なるほど

ちきりん いま、リノベのパンフレットってめちゃくちゃカッコいいでしょ。事例サイトの写真の撮り方も、とにもかくにも雰囲気優先です。そういうのも、リノベ市場がまだ成熟してない証拠じゃないかと思います。

リノベ現場に携わる人の「顔の見える化」が必要

ちきりん もう1つ思うのは、トレーサビリティが大事になるだろうってこと。

丹野 どういうことですか?

ちきりん 食品分野では今、「このトマトは群馬県の○○さんが作りました」みたいなことがわかるようになりつつあります。

進んでいる国だと、スーパーでトマトの値札に載ってるバーコードにスマホをかざせば、生産者の顔が現れて、誰が育てたトマトかわかったりする。日本でも、リンゴなりサクランボなり、これから農産物を高く売ろうとしたら、そういうことが必要になります。

リノベに関しても今後は同じことが起こるんじゃないかなと。たとえば今回私はリノベ会社を選んだというより、特定の担当者の方を選んで「この方にお願いしたい」と思ったんですよね。でも、その方のお名前が公に出る機会はほとんどないんです。

本来はリノベ済み物件だって、「この家のリノベは僕が担当しました」っていうのが、農産物の生産者情報みたいに明らかにされて、「だったら安心できる」みたいな買い方が出てきてもいいんじゃないかと。

昔の注文住宅には、そういうのがあったんだと思うんです。うちもあそこの棟梁に家を建ててもらいたい、みたいな。

丹野 たしかに誰が担当したのかは大事ですよね。あと、どういう意図でこういう設計をしたのかとか、これからうちのブログにはそういったバックグラウンドもきちんと書いていこうと思っています。営業、設計、施工者それぞれの視点から。

ちきりん そういう情報が施工事例にきちんと出てくるのはすごくいい。

丹野 あと、リノベが済んだ人の家にお客さんを招待する企画もやろうと思っています。それを見たお客さんが、同じ人に頼みたいと思ったりすることもあるでしょう。

というのも、現実には相見積りをとられることが多いんです。そういうとき「ぜひあの人にお願いしたい」みたいな気持ちになってもらえないと、価格競争になってしまう。

これからリノベサイトもリニューアルして、「設計図書とか現場管理台帳みたいなものもお客さまに渡しているんですよ」と明言して差別化するとか。そういった機能面に関わるバックグラウンドを開示していくことも必要だなと考えています。

ちきりん そうやって誰が担当したか、みたいなことに付加価値がつけば、設計士なり現場監督なり、市場から選ばれた人にはちゃんと高い報酬が得られるよう、変わっていく可能性もあると思うんです。本人の自覚や責任感も生まれるし。

丹野 そうですね。正直これからはお客さんを探すより、職人さんを探すほうが大変になるかもしれないので、腕のいい職人さんから選んでもらえる会社になる必要もあります。

それに、お客さんに顔写真付きの担当者リストを見せて、我々はこういうチームでリノベしますと伝えられれば、むやみな値引きを要求されることも防げるのかもしれません。

ショールームの価値は「体験できる価値」のはず

ちきりん あともう1つ。リノベ会社の話ではないですが、住宅設備メーカーはいい加減、あんな高いものを試用させずに売るの、やめてほしい。

お風呂もシャワーも1回も試用できずに「80万円の商品と100万円の商品のどっちにしますか」みたいに聞かれる。あんな商売はあり得ない。

100円ショップなら、買ってみて「ああ全然ダメだった」でも問題ないです。でも一定の価格を越えたら、買う前に試し使いできるようにするのは基本じゃないかな。個人的には、50万円を超える商品について、レビューも試用もなく売るってあり得ないと感じます。

丹野 そういう発想はなかったです。

ちきりん ごく小さなもの、たとえば水栓ひとつとっても、すごい使い勝手の差があるんですよね。

カッコいい系のホテルに泊まると、「めちゃくちゃオシャレだけど、めちゃくちゃ使いにくい水栓金具がついてたりする。自分の家には絶対こんなものつけたくないと思って、忘れないよう写真を撮って帰りたくなるくらい使いにくいこともあります。

ところがいざリノベをしようとすると、試用せず選ぶ必要があるから、結局は見かけ重視で選ぶことになる。高いお金を出して買ってから、「やっぱり使いにくかった。カッコいいと思ったけど」みたいな話はいっぱいあるはず。

そもそもショールームって販売してる場所じゃないんですよ。商品を理解してもらうために展示する場所なんです。なのに試用できないなんてどういうことなんだろうと。

正直、見せるだけだったらカタログでいいんです。しかも今はデジタルカタログだから、拡大したり違う方向から見たりもできる。

ショールームに行けば水を出してみてハネ具合が確認できます、ってなったらみんなショールームに行くのに、それをやらないできれいに飾ってあるだけだから、デジタルカタログと何も変わらないよね、みたいになっちゃう。これじゃあ、ショールームに行く意味がわからない。パネルの色だけ選びに行くのかと。

家造りはカメラの製造とは違うと理解すべき

ちきりん あと、大工仕事とはどういうものなのかということを、もっとお客さんに伝えていくべきかな、とも思います。

リノベを成功に導くには、施主にも「価値観の言語化」が必要ちきりん
関西出身。バブル期に証券会社に就職。その後、米国での大学院留学、外資系企業勤務を経て2011年から文筆活動に専念。2005年開設の社会派ブログ「Chikirinの日記」は、日本有数のアクセスと読者数を誇る。シリーズ累計30万部のベストセラー『自分のアタマで考えよう』『マーケット感覚を身につけよう』『自分の時間を取り戻そう』ダイヤモンド社)のほか、 『「自分メディア」はこう作る!』(文藝春秋)など著書多数。

丹野 どういうことでしょう?

ちきりん 日本はモノに対する要求スペックが異常に高いでしょ。たとえばイケアのキッチンとかだと北欧基準なので、扉がちょっとズレてるとかは全然OKな範囲なわけですよ。

ところが日本だと、ソニーとかトヨタとかが0.004ミリまで合わせてます、みたいなモノを売ってるから、建材とかリノベでもそういう精密さが要求されてしまう。

木を切って組み立てる、みたいな仕事に、カメラみたいな精密さを求めるのはおかしいんだってことをちゃんと教えないと、日本の家はどんどん工業製品化してしまう。大量生産の部品や建材だけ使って、どこもかしこも似た感じの部屋になる。

丹野 職人の声がユーザーまで届いていないってことですね。職人さんの「このクロスはものすごく薄くて貼りにくい」みたいな声を、設計士や現場監督は聞いているけど、消費者には届いてない。

だからちょっとでもヨレがあると、全面張り直しになる。リノベ会社も、そういうお客さんからの要請を受け入れてしまって、ぜんぶ張り直しますから。

ちきりん そういう職人さんたちの本音というか、現場の声というか、そういうのを表に出すって大事だと思います。消費者が、リノベってつまりどういう仕事なのかをリアルに理解すると、結果としてクレームやトラブルも少なくなると思うんで。

丹野 工事現場は元請けがあって下請けがあって孫請けがあって、何層にもなっています。だから最前線の人達の意見が、上にあがってこない。上から「やれよ」「やりなおせよ」みたいに言われたらそれで終わり。

職人さんからの声をちゃんと受け入れる、リノベ会社の側もそうあるべきなのかもしれません。

リノベの成功には「価値観の言語化」が必要

丹野 そういうのも含め、僕たちに必要なのはお客様がもっている価値観を言語化するスキルじゃないかと思っているんです。あなたはどういう人ですか、そもそもなんのために、どんな暮らしのために、どんな部屋が手に入れたいんですかと。

そういうところをしっかり聞いて、言語化して企画や設計を行い、現場と摺り合わせる。そういうことを最初にしっかりやるのがコンサルタントの仕事なんですよね。

でもその重要性がちゃんと説明できないと、お客様からは「なんであんたにそんなことまで説明しなくちゃいけないの?」みたいな感じになっちゃう。アンケートすら書きたくない、という人もいるくらいですから。

ちきりん わかります。共同プロジェクトなんだから、自分のことを相手にどれくらい深く理解してもらえるかがすごく大事で、そのためには自分側の伝える努力やスキルも問われる。

客側もそこを理解できるかどうかがキモですよね。そのうえで、自分の価値観、自分でさえ言語化できてない価値観を言語化していかなくちゃいけない。ほんとに大変だと思います。

丹野 私達としてもそこはホントに、もっともっと強化していかないといけない部分だと思います。それと、ちきりんさんにぜひ書いていただきたいのは、今回の「リノベをするなら」の前の段階の本です。

ちきりん 前の段階とは?

丹野 家をどうするか考えたときに、新築か、再販物件を買うか、それともリノベか、それぞれで何が手に入るのか、そこをわかりやすく書いていただけるととても助かるかなと(笑)。地方だとまだまだそこが理解されてないんで。

ちきりん そこがわかってないのは都市部でも同じです。ですけどリノベの本をもう1冊書くのは……ちょっと別途、検討させていただくとして(笑)。ただ、ブログやSNS、あと講演なんかではできるだけいろいろ伝えていきたいと思います。

丹野 よろしくお願いします! (終わり)