なぜ、今、高齢者の言葉が響くのか
実は、今、出版界では「アラ40」ならぬ、「アラウンド90」ブームが起きています。つまり90代前後の著者が書いた生き方本が続々と出版され、人気を呼んでいる。
先鞭をつけたのは、2010年3月に発売された、柴田トヨさんの『くじけないで』です。90歳を過ぎてから詩作を始め、98歳で出版したこの詩集は100万部を超すベストセラーになっています。また、私の母もファンだという生活評論家の吉沢久子さん。彼女も90歳になった2008年から、日々の生活ぶりを書き綴ったエッセイを毎年一冊ずつ出し、人気を博しています。100歳の双子で話題を呼んだきんさん・ぎんさんの四姉妹も血は争えないというべきでしょうか、姉妹で出した『ぎん言』が話題を集めています。
なぜ、今、90代前後の著者による生き方が共感を呼ぶのか。
その理由が、先にも挙げた「普通の生活ぶり」にあるようなのです。
例えば、「どうやったら、元気に長生きできるのかな」。「特別な健康法」を期待して、これらの本を読むと裏切られます。本から垣間見える「健康法らしきもの」いえば「早起きをする」「なるべく体を動かす」「腹八分」、あるいは「好きなものを好きな時に食べる」といった類い。拍子抜けするぐらいシンプルな習慣ばかりで、「おっ!」と驚かされるような健康ネタは見当たりません。
健康法以外の話も同様です。例えば、先に挙げた吉沢久子さんの『前向き。93歳、現役。明晰に暮らす吉沢久子の生活術』の目次には次のような項目が並びます。「認知症にならないためには料理」「眠れない夜は朝ごはんの下準備をする」「ものを大切にして生きるのはエコではなくマナー」などなど。
「死ぬまでにこれだけはやりたい」というような野心もなければ、「若い時にああしていればよかった」というような後悔めいた思い出も語られない。ぜいたくをせずに、身のまわりの物を上手に活用する。ムダなものは処分して、老い支度にいそしむ。こうした「きちんとした生活」がそのまま描かれているだけといってもいい。
特に右肩上がりの世の中を経験していない若い人にとっては、質素な生活にこそ共感しやすい面があるのでしょう。そういえば、少し前に、煩悩やムダを捨て去って生きる「断捨離」がブームになりました。最近では、冷蔵庫の残り野菜をムダなく使う「スープレシピ本」が人気だそうです。
時流に関係なく、シンプルな生活を続けてきたお年寄りたちは、若い世代の数少ない人生のお手本なのかもしれません。