動物図鑑が売れに売れている。近年では、2016年に発売した『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)がシリーズ累計350万部、また18年発売の『わけあって絶滅しました。』がシリーズ累計69万部を達成した。実はこの2冊の本には、いずれも同じ人物が携わっている。監修者で動物学者の今泉忠明と、編集者の金井弓子だ。今回の動物ブームは、一体どのように作り出されたのか? ベストセラー作品を生み出す上で、どんな工夫や困難があったのかを2人に語ってもらった。全3回に渡ってお届けする対談企画の第1弾。(聞き手/澤田 憲)
景気がいいと「動物」や「科学」の本が売れるんです
――今泉先生は動物学者として、さまざまな図鑑の執筆や監修をされていますが、最初の「動物図鑑ブーム」はいつ頃だったと記憶されていますか?
今泉 第一波は、僕が大学生のときですね。1963年に『野生の王国』(毎日放送)っていう世界各地の野生動物の暮らしを紹介するドキュメンタリー番組が始まりまして。今でいう「ナショナルジオグラフィック」みたいな感じですけど。それを契機に、いろいろな自然科学系のテレビ番組や雑誌が出るようになったと記憶しています。
金井 今泉先生は昔、自然科学雑誌の記者もされていたんですよね?
今泉 そうそう、30~40代のときね。平凡社の『アニマ』(73年創刊)、講談社の『Quark』(82年創刊)、学研の『UTAN』(82年創刊)、旺文社の『OMNI(日本版)』(82年創刊)とかいろいろやりましたね。バブル前夜の80年代初期は科学雑誌ブームだったんです。あと、ダイヤモンド社が当時出してた『ポピュラーサイエンス(日本版)』(81年創刊)にも、年に3~4本寄稿してましたよ。
金井 それはありがとうございます(笑)。どんな記事を書かれていたんですか?
今泉 「富士山の高山植物」とか「北海道のカモメ」とか、毎回特集テーマがありまして。それで北大で野鳥を研究している教授とか、貝殻ばっかり拾ってる京大の先生とかに取材しに行くんです。あれは勉強になった。まあ大体、最後は酒飲んで帰ってくるんだけど(笑)。
でも、それからしばらくしてバブルがはじけて、みんなきれいになくなっちゃった。ああいう自然科学系の雑誌は、景気にとても左右されやすいんですね。『野生の王国』が始まったのも朝鮮特需の後ですし。やっぱり経済的に余裕があって初めて、実用じゃなく、知的好奇心を育むような本が売れていく。それはもう、痛感してます。
子どもの世界は「うんこ→人の体→動物……」の順に広がっていく
――今泉先生は『ざんねんないきもの事典』の大ヒットをきっかけ始まった昨今の動物図鑑ブームをどのように見ていらっしゃいますか?
今泉 今回は、子どもたち自身が「動物ってこんなに面白いんだ!」ということを再発見したんじゃないですか。これまでのブームは、テレビ局や出版社が主導した部分が大きかった。「これからは科学や環境の時代だから、きみたちこれ読みなさい」みたいな感じでね。
ところが「ざんねん」の場合は、出版社が最初から大々的に仕掛けたわけじゃないのに、子どもたちの間で「この本面白い!」って口コミがじわじわ広まった結果売れた。そこは大きな違いだと思いますよ。あと、ファンレターを読むと、「『ざんねん』をきっかけに本を読むのが好きになりました」っていう感想が結構あって、「これはすごい変化だなあ」と驚いています。
金井 子ども向けの図鑑には、「のりもの」「人体」「宇宙」「植物」とか、いくつか定番のジャンルがありますよね。「動物」は、何がこれほど子どもたちを魅了するんでしょう?
今泉 「動物との遭遇」は、誰もが必ず通る道ですから。赤ちゃんが生まれ出てきて、最初に見るのは親とか兄弟ですよね。その傍らをふと見るとイヌやネコがいる。そこで初めて「人間とは違う生き物がいる!」と気付くわけです。それが大体、保育園から小学校低学年くらい。
金井 だからあの時期の子どもたちは、みんな動物のことが気になって仕方がない?
今泉 そうです。最初はすごく狭い「家族」の世界から、一歩外に広がった場所にいるのが「動物」。ほかにも子どもは「うんこ」や「体の仕組み」に強い関心を示しますが、その一つひとつが発見なんですね。「何でうんこは臭くて黒いんだろう?」とか「どうしてお腹が減ると音が鳴るんだろう?」とかね。そういう身近なモノやコトへの疑問が、「もっと知りたい!」っていう興味につながって、子どもの世界を少しずつ広げていくんです。