香港を取り込もうとする
中国にデモで抵抗

自由を十分に謳歌でき、自分の努力で人生の道を切り開ける街といわれた香港 Photo by Konatsu Himeda(以下同)

――「個人が自分の利益を目指し投資をすれば、見えざる手に導かれ、長期的には社会の利益を促進する」というアダム・スミスの思想の体現ですね。

 最初から「レッセフェール」に基づいた政策があったわけではありませんが、香港社会が理想的な形で動くようになったのは、やはり英国の思想を受けたためでしょう。一方で、こうした慈善事業は国共内戦期の1930~40年代の中国においても行われていました。また、在外華僑が慈善事業を通してコミュニティを作っていることからも、これ自体が中国人の伝統だととらえることもできます。

 公共(おおやけ。国家ではなく社会のこと)にお金を寄付する行為は、最終的に名声を大きくする、というのが華僑華人の伝統ともいえ、こうした募金や基金は香港社会において大きな力を発揮しました。しかし、今の中国社会では、個人の名声を高めるための寄付行為は限定的です。中国政府は、慈善事業は権力の掌握にもつながる行為とも認識し、共産党政権への影響を恐れているのです。

――かつて香港の競争力は世界一、といわれた時代がありました。富裕層と庶民には格差もありましたが、大きな不満は聞こえてきませんでした。

 香港市民の所得には確かに格差がありましたが、豊かになれる機会は均等でした。ユニークなアイデアとやる気さえあれば、資金がなくても事業を始めることができました。その核心となるのが「人脈」です。香港人が人脈を大切にするのはそのためです。カネがなくても人脈が事実上の財産、これが端的に現れるのが結婚式です。香港では1970年代当時でも数百人を集める規模の婚礼が行われていましたが、親戚や友人でなくとも参加でき、集まった人々はそこで人脈を広げ、これをステップに社会に出ていくことができました。

“食うや食わず”がたちまち食べられるようになる、競争社会だが機会は均等、要は自分の努力で結果が決まるのが香港社会であり、政府にも頼らない、福祉にも頼らないで独立独歩で行くのが“香港人魂”です。香港における民主のエネルギーはこうした形で存在していたわけです。

――今、その香港社会が大きく変化しています。昨年は大陸との間に大橋が架けられ、地理的にも一体化が進みました。背景には「民族復興」「中国の夢」「一帯一路」などのキーワードがちらつきます。

 市民社会に余計に干渉しない「小さな政府」であり続けることが「香港が香港であること」の最大の条件です。しかし、「レッセフェール」の社会、つまり「あるがままに生きる」というのは、中国の社会とは明らかに異なります。1997年、香港が中国に返還されるとき、果たしてこの「小さな政府」のままでやっていけるのか、鄧小平・最高指導者は「50年間はその体制を変えない」と約束したが本当に大丈夫なのか、と私はこれを大変懸念しました。

 目下のところ、中国の求心力は「中国の夢」にあります。習近平政権は、中国が世界の求心力となることを望んでおり、世界から企業や資本、留学生や高度人材が喜び勇んで中国に来る、そういうイメージを抱いています。その手段となるのが「一帯一路」構想です。香港問題は決して局所ではなく、中国統一を「一帯一路」に結びつける中国政府は、香港をその橋頭堡に位置付けているのです。一方で、今回の香港のデモ活動は、香港を取り込もうとする中国政府への抵抗であり、中国はこれに相当の危機意識を抱いています。