着々と進めていた
1.4万人分の健康データ分析

 三菱ケミカルHDの完全子会社となることで、田辺三菱は業績低迷期にあっても、市場関係者などに文句を言われることなく、存分に研究開発費を投じられるようになる。三菱ケミカルHDが持つ海外人材やITを活用した新たな開発技術、海外ベンチャーへのパイプなどを使うことで、創薬と海外展開のスピードアップも図れるようになる。

 では、翻って三菱ケミカルHDのうま味は何なのか。どうやら越智社長には、“野望”があるようだ。

 ずばり、ヘルスケアサービス事業の確立である。病気予防を促す個人向けのアプリや、医療を後押しする医師向けのサービスの展開で、新たな収益源を手にする思惑があるのだ。

 前触れはあった。三菱ケミカルHDは17年、「i² Healthcare(アイツー ヘルスケア)」なるプラットフォームを独自に開発。従業員にウエアラブル端末を配布し、取得した歩数や睡眠、心拍数のデータと、健康診断のデータや残業時間といった働き方のデータなどを連携させ、従業員の健康をモニタリングしている。

 実はこれ、「健康経営」を達成するための社内的な試みである半面、次のビジネスの壮大な実験でもあった。ウエアラブル端末のデータは、従業員からビッグデータとして活用していいとの許可を得ており、着々と分析が進んでいるのだ。ちなみに、端末は経営陣を含め1.4万人に配布済み。まずまずのサンプル数が集まっている。

 こうした健康データの解析の精度を上げるとともに、将来的には薬の服用データなども加え、個人の健康促進のみならず、患者の生活習慣に合った有効な投薬を後押しするような医師向けのサービスの展開にもつなげたい考えがある。つまり、三菱ケミカルHDが構築したプラットフォームが、新たに田辺三菱の知見とノウハウが乗っかる形で、“大化け”するかもしれないのだ。

 田辺三菱には医療従事者とのネットワークがあり、三菱ケミカルHDの新たなサービスも展開しやすい。薬に関するこれまでの膨大なデータや、各国の審査当局に安全や有効性の「お墨付き」をもらうための交渉ノウハウもある。

 ただし、ITベンチャーを含め、ヘルスケアサービスを医療の現場に広げようと鼻息の荒い企業は多い。三菱ケミカルHDが5000億円のリターンを得ることができるかどうかは、じっくり事に臨みがちな化学企業らしからぬ、ハイスピードな開発体制を確保できるかどうかにかかっている。