生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が発刊。4刷、2万6000部とベストセラーになっている。

養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel) 「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け!  相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

なぜ「がん細胞」は免疫にブレーキをかけるのか?Photo: Adobe Stock

キラーT細胞はがん細胞を破壊する

 私たちの免疫を担当する細胞の1つにT細胞がある。T細胞の中でもキラーT細胞は、がん細胞を破壊する能力を持つことで知られている。それなら、このキラーT細胞にがん細胞を攻撃してもらえばよさそうだが、話はそう簡単ではない。

 キラーT細胞の表面には、T細胞受容体というタンパク質が突き出している。このT細胞受容体で非自己の抗原、つまりがん細胞などを認識する。

 また、自分では非自己の抗原を攻撃しない細胞もある。たとえばB細胞は、抗体というタンパク質を作って、抗体に攻撃させる。B細胞の中で、抗体の遺伝子が再構成されて、数十億種類ともいわれる抗体の多様性が生み出される。実はT細胞受容体も、遺伝子の再構成によって、抗体のような多様性を持っている。だから、がん細胞がいくら進化しても、このT細胞受容体の追跡から逃れることはできない。がん細胞がどんなに変化しても、そのがん細胞を認識するT細胞受容体が、必ず存在するからだ。

 そこでがん細胞は、キラーT細胞から逃げるのではなく、別の手を使ってキラーT細胞から攻撃されないようにしている。実はキラーT細胞の表面には、アクセルやブレーキの役目をするタンパク質がある。アクセルを踏めばキラーT細胞の攻撃は強まり、ブレーキを踏めば弱まる。そこで、キラーT細胞に捕まったがん細胞は、キラーT細胞のブレーキを踏んでしまうのだ。

 このブレーキにはいくつかあるが、日本人が発見したブレーキとしては、PD−1がある。これは1992年に、当時京都大学の本庶佑(ほんじょ・たすく)研究室の大学院生だった石田靖雅によって発見された。このPD−1の発見によってがん治療への新たな道が開かれた。

 がん細胞がキラーT細胞に見つかったとしよう。キラーT細胞に見つかったというのは、キラーT細胞の表面に突き出しているT細胞受容体が、がん細胞の一部に結合した状態を意味する。

 このままだと、がん細胞はキラーT細胞に攻撃されてしまう。そこでがん細胞は、キラーT細胞の表面に突き出しているPD−1というタンパク質に、PD−L1というタンパク質を結合させる。

 PD−L1はがん細胞の表面に突き出しているタンパク質で、ブレーキを踏む足に当たる。PD−1にPD−L1を結合させれば、キラーT細胞の働きは弱まり、がん細胞を攻撃しなくなるのだ。

 つまり、キラーT細胞がT細胞受容体をがん細胞に結合させると、今度は反対に、がん細胞がPD−L1をキラーT細胞のPD−1に結合させて、キラーT細胞にブレーキをかけてしまうのである。