がん細胞をどこまでも追いかける

 では、どうしたらがん細胞にブレーキを踏ませないようにできるだろうか。そのためには、ブレーキに蓋をして踏めなくしてしまえばよい。具体的にはPD−1に対する抗体を作って、PD−1に結合させておけばよい。

 がん細胞がキラーT細胞に見つかったとしよう。つまり、キラーT細胞のT細胞受容体が、がん細胞の一部に結合したとしよう。するとがん細胞は、キラーT細胞のPD−1に、がん細胞のPD−L1を結合させようとする。

 しかし、PD−1にすでに抗体が結合していれば、がん細胞はPD−L1をPD−1に結合させることができない。そしてがん細胞は、キラーT細胞に攻撃されてしまうのである。

 この治療法が優れている点は、がん細胞がいくら進化しても逃がさないことだ。キラーT細胞のT細胞受容体の素晴らしい多様性は、いかなるがん細胞でも見つけることができるからだ。

 これまでは、がんに対するおもな治療法は3つだった。抗がん剤の投与と外科手術と放射線治療である。これらの他にもさまざまな治療法が試みられたが、いずれも大きな成果を上げることはなかった。しかし、がん細胞にキラーT細胞のブレーキを踏ませないというこの免疫療法は、これらの3つ以上に有効な治療法になる可能性がある。

 ちなみに、免疫のブレーキ役となるタンパク質は、PD−1の他にCTLA−4も知られている。2018年度のノーベル生理学・医学賞は、がんに対する免疫療法への貢献に対して、PD−1の本庶佑とCTLA−4のジェームズ・アリソンの二人に贈られている。

(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』からの抜粋です)