総理官邸での総理の発表演説、マスコミとの会見が終わり、午後には村津は国交省に帰ってきた。
総理のテレビによる発表が終わってから、国交省への問い合わせの電話は急激に減っていた。テレビやインターネットで総理の演説と会見が繰り返され、国民の間に首都移転に関する情報量が極端に増えたのだ。
村津は首都移転チームの若手官僚たちを会議室に集めた。
「総理の会見は見たと思う。いよいよ首都移転は本格的に動き始めた。当分は外野が騒がしいと思うが、我々は自分たちの仕事をしていこう」
村津が1人ひとり見回しながら言った。
村津はパソコンのスイッチを入れた。正面のモニターに図表が現れる。
「我々の使命は、合理性と機能性を追求した近未来型の都市を造ることだ。それは政治都市であると共に、経済、外交を含めた国際都市となり得るものだ。後は住民に任せればいい。10年、20年の年月と共に、その時代の国民、そしてその地域と住民に合った新しい首都が出来てくる。そうすれば新しい文化を持った首都が生まれる」
モニターには首都模型が、公園や図書館、多目的ビルの配置によって様々に変化していく様子が映し出されていく。森嶋たちは息を呑んで見つめていた。
「出来あがった都市が生み出す効果が絶大であることは当然だが、その過程においても、企業誘致、新たな企業の誕生、雇用など様々な経済効果が生まれる。その額は、数兆円はおろか数十兆円に達すると試算されている。現在、日本の中心都市といえば、東京、名古屋、大阪があげられる。しかし残念ながら、これらの都市はすでにその地域で閉じてしまっている。新たな日本を生みだす起爆剤とはなりえない。日本はさらに南北に伸びている。私たちは次なる首都に、さらに新しい日本の未来を見いださなければならない」
村津の言葉は、熱い響きをもって若手官僚たちの心にしみ込んでくる。
「これは新首都建設の過程に望める経済的な可能性を列挙したものだ。きみたちにはこれらの事業を実現させるべく全力を尽くしてもらいたい」
部屋の中には、ともすればバラバラになりがちだった精神に統一された大きな流れが生まれるのが強く感じられた。
森嶋らは大手ゼネコン、運輸業者、IT企業、その他移転に関係する無数の企業の列挙と、企業に行う説明と詳細取り決めの準備にかかった。
総理の会見が終わった辺りから、株価が上がり始めた。為替と国債にもわずかながら上昇が見られている。
その日の帰り、森嶋はロバートに電話した。