聞こえづらさだけではない!
マスクが人間関係を希薄にする理由

 問題は、聞こえづらさだけではない。レストランで、斜め後ろからウエーターに声をかけられ、振り返ってゾッとしたことがある。ぎょろりとした目で、にらみつけられていたように思えたのだ。ウエーターは、ぎょろりとした目つきをしたつもりも、にらみつけたつもりもなかったに違いない。しかし、顔の下半分がマスクに覆われ、目だけが見えていたので、ぎょろ目が異様に強調されてしまっていた。

 私は「行動が意識を変える」と考えて、能力開発プログラムを構築している。この考え方に立てば、マスクを着用するという行動をとると、マスク1枚とはいえ、相手との物理的な壁ができる。この行動の結果が、「壁ができてもしょうがない」「コミュニケーションの劣化が起きても致し方ない」「相手を巻き込めないこともあり得る」「相手への配慮が欠ける」というように意識を変えてしまうことがある。

 これだけマスク着用が常態化し、マスクをしたまま会話をすることが一般化したら、日本全国のあちこちで、聞き返されたり、聞き返したりするやりとりが起きていると思った方がよい。その総量は、国民総生産性の鈍化に影響するに違いない。そして、国民の相互不理解と摩擦のレベルを極大化してしまう。

 果たして、このままマスクを着用したまま顧客対応業務をさせていてよいのだろうかと逡巡(しゅんじゅん)している管理者もいる。このように申し上げると、「そのような管理者は、安全衛生への配慮に欠けている」「窓口担当者がウイルスに感染してもよいとでも言うのか」という声が聞こえてくる。

 むろん、それでよいとなど言うつもりは毛頭ない。安全衛生は何事にも優先されなければならない。窓口担当者がマスクを着用すべきか、すべきでないのかというマスク論争はもはや無用だ。

 要は、窓口担当者はマスクをしたままでも、相手に声や表情を十分に伝えることができて、コミュニケーションに齟齬(そご)をきたさない表現力を発揮すればよいのだ。「そんな方法があるのか?」と思うかもしれない。それができる方法があるのだ。それも、2時間程度で、誰でも習得できるとすれば、身に付けてみたいと思わないだろうか。それが、私が昨年から実施しているマスク着用時の表現力向上実践演習だ。