すでに終わった「アメリカのユーラシア支配」

中野 そうなりますね。しかも、2000年代に、欧米や日本が、グローバリゼーションによる経済的相互依存の深化によって、世界秩序は維持できると信じていたころ、中国の戦略理論家たちは、孫子や毛沢東に加えて、マッキンダーやマハンなどの地政学を参照しながら、軍事戦略を熱心に論じていたのです。

 たとえば、中国は自らをグローバル経済に統合して富を得るためには、貿易ルートの安全を確保する海軍力がなければならないと考えました。つまり、西太平洋への出口を確保しなければならないわけですが、その出口とは、沖縄から台湾、フィリピンを通る「第一列島線」にほかなりません。

 しかし、「第一列島線」はアメリカによって押さえられている。したがって、「第一列島線」をアメリカから奪取して確保しなければならない。そして、尖閣諸島は、まさにこの「第一列島線」上にあるわけです。

 つまり、中国が東シナ海や南シナ海において、日本、フィリピン、ヴェトナムそしてアメリカと頻繁に紛争を引き起こすようになったのは、グローバル経済に統合されたことの当然の帰結だということです。ところが、アメリカの対中戦略は、中国側の戦略意図を見落としていた。しかも、イラク戦争以降、中東の泥沼に巻き込まれていたジョージ・ブッシュ政権下のアメリカは、中東に注意を奪われて、中国の台頭を看過してしまったんです。

――すべての話はつながっているんですね……。

中野 そして、2013年に、習近平国家首席が打ち出したのが「一帯一路」構想です。アジアからヨーロッパ、アフリカにまたがる地域の開発を、陸路と海路の双方から進めるという壮大な計画です。さらに、中国は、「一帯一路」構想の一環として、アジア地域のインフラ整備のための資金供給を目的とした「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」を設立しました。

 しかも、この中国の動きへの各国の反応が、アメリカの国際的影響力の著しい低下を印象付けることにもなりました。

 AIIBの構想が打ち出された当初、先進諸国はこれを、戦後のアメリカ主導による世界銀行やIMFを中心とした国際金融体制に対する中国におる修正主義とみなし、消極的な姿勢を示しました。特にアメリカはAIIBを強く警戒し、各国に参加しないように圧力をかけていたとみなされています。

 ところが、イギリス、フランス、ドイツなどの主要国が相次いで参加を表明すると状況は一変。BRICsやアメリカの同盟国である韓国やオーストラリアのみならず、中国との間で領土問題などが緊張関係にある台湾、ヴェトナム、フィリピンまでもが参加し、2019年7月時点で、100カ国・地域が参加するまでになりました。主要国で参加していないのは日米くらいのものです。

 そして、ユーラシア大陸に鉄道などの輸送インフラを整備し、大陸の資源を確保するという「一帯一路」構想が、マッキンダー的な地政学的ヴィジョンに基づいていることは明らかです。実際、中国の著名な研究者たちが「一帯一路」構想の意義を説くに当たって、マッキンダーに言及しています。

 その後の動きを見ていても、「一帯一路」構想の最終的な目的は、単なる需要創出や経済発展の基盤整備ではなく、ロシアやイランなどユーラシア大陸の主要な修正主義勢力と連携し、さらにはヨーロッパ諸国をも引き入れることで、アメリカによるユーラシア支配を終わらせることだと見るべきです。

――つまり、冷戦後のアメリカの戦略ミスによって、アメリカのグローバル覇権はすでに大きく揺らいでいるということですか?

中野 ええ。アメリカも、それをとっくに認めているんです。

(次回に続く)

連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/230685
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連載第12回 https://diamond.jp/articles/-/231383
連載第13回(最終回) https://diamond.jp/articles/-/231385

中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。