病院数と病床数は世界一でも
日本の医療体制にある弱点

 残念ながら東京オリンピック・パラリンピックは延期になってしまったが、海外から見て日本で感染者が少ないのは謎であり、一抹の希望でもある。

 大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で感染者が多発した時はとても心配したが、その後の日本は感染制御にとても頑張っているように見える。海外では「日本ではPCR検査の実施数そのものが少ないので、もっと多くの隠れ患者がいるのではないか」との意見もある。検査陽性者数が過小評価されているのは確かであろうが、より正確に把握できているはずの感染による死亡者数の激増はまだ見られていないので、日本での感染は、現時点では欧米ほどの広がりを見せていないのでないだろうか(もちろん、数週間前の米国も同様であったので警戒を緩めることはできないが……)。

 米国の人口は日本の2.5倍、面積では日本の約25倍である。にもかかわらず、日本の病院数が8372施設に対し、米国の病院数は6146施設と数字が逆転している。つまり日本の病院数は、米国よりも圧倒的に多いのだ。

 日本の医療法では病床数が20床以上の医療施設を病院、20床未満を診療所と定義している。診療所のうち、6934施設が20床未満の病床を有する有床診療所であり、前出の病院数6146施設と合計すると、病床を有する医療機関の数は1万5306施設となる。日本における医療機関の多さはさらに際立つ。

 さて、「一定の距離でどこにでもあるもの」と言えばガソリンスタンドが例として考えられる。たとえば、私が住んでいるカリフォルニア州は日本よりも面積が広く、約9700ものガソリンスタンドがあるが、有床診療所を加えるとそれ以上の有床の医療機関が日本にはあることになる。

 下の図は経済協力開発機構(OECD)のデータにおける人口1000人当たりの急性期病床数である(病床には急性期、療養型、老人の介護型などさまざまな形態があるので、ここでは急性期に絞って比較する)が、日本には世界一多くの急性期病床がある。※3

 カリフォルニア州より狭い土地に、カリフォルニア州のガソリンスタンド以上の病院が林立し、多くのベッドがある。そして空床率も高い。※4

 新型コロナウイルスにおける日本の今後の動向について、この圧倒的な病院数と病床数をもって、「日本の医療体制には余力があり、医療崩壊は起きない」との意見もある。しかし、病院数と病床数が世界一という側面だけを見て、新型コロナウイルスに立ち向かうことができるといえるのであろうか。

 例えば、病床の機能だけに焦点を当てても、即座に上記のような楽観視はできないことが分かる。特に、一般病床の数云々ではなく、重篤な急性機能不全の患者に対して、24時間体制で対応できるICUの病床数(欲をいえば「感染管理と集中治療の両方に対応できる病床」、さらにいえば、「通常の診療の継続と同時に新型コロナウイルス患者を治療できる病床」)が最も重要ではないだろうか。

 下図は人口10万人当たりのICUのベッド数の国際比較であるが、日本にあるICUは7.3床であり、米国の34.7床の5分の1ほどしかない。※5

 新型コロナウイルスによる医療崩壊が報じられたイタリアやスペインよりも、実は日本の方が人口10万人当たりのICU病床は少ないのだ。

 ICU病床の少なさについては、集中治療に従事する医師、看護師、臨床工学技士などが加わる日本集中治療医学会も、06年に行われた全国調査を基に、「ICUのベッド数は人口10万人あたり4ベッドで、欧米の7~24ベッドと比較して少ない状況」と指摘している。※6

 またICU病床の少なさだけではなく、日本ではそれらの多くに専従医/専門医が配置されていないことも指摘されている。※7

※3 https://data.oecd.org/healtheqt/hospital-beds.htm

※4 病院報告の一般病床の9月末病床利用率によると2017年の70.5%から19年の74.2%へと70%~75%の間で推移している。GemMed (19.12.27), https://gemmed.ghc-j.com/?p=31713。 また前田由美子「医療の需要と供給について」日医総研ワーキングペーパーNo.429 (19年)によると病床利用率70%以上は公立で68.4%、民間で73.8%。病床利用率50%未満の病棟は公立病院では約1割、民間病院でも約1割存在する。

※5 Niall McCarthy, “The Countries With The Most Critical Care Beds Per Capita” (Statista, Mar 12, 2020) https://www.statista.com/chart/21105/number-of-critical-care-beds-per-100000-inhabitants/

※6 https://www.jsicm.org/about/overview.html

※7 内野滋彦 “わが国の集中治療室は適正利用されているのか,” 日集中医誌17:141~144(2010)。