ベルカーブの罪
あまりにも多く見られるため、パレートはこのパターンを「予測可能な不均衡」と呼んだ。ただ、パレートがそう言ってからすでに1世紀が経つにもかかわらず、いまだに多くの人はこの不均衡に馴染めずにいる。至るところにあるにもかかわらず、発見するたびに驚いているのだ。
そうなってしまう理由としては、ガウス分布、いわゆる「ベルカーブ(釣鐘曲線)」を学校で習うのが大きいと考えられる。大規模なシステムにはすべてそれが適用できるとつい考えてしまう。
たとえば、身長などはベルカーブ分布になる。ベルカーブ分布では、平均とメジアン(中央値)がほぼ同じになる。ランダムに選ばれたアメリカ人女性100人の平均身長はだいたい162.5センチメートルになるが、100人中50番目の女性の身長もほぼ162.5センチメートルになる。
パレート分布はそれとはまったく違う。再帰的に80/20の分布が見られるというのは、平均と中央値が大きく異なるということでもある。この分布の場合は、ほとんどの人が平均を下回る。「ビル・ゲイツがバーに入ってくると、それだけで、平均では客の全員が億万長者になる」という古いジョークがあるが、まさにその状況になっているわけだ。
科学の世界では
偏った分布はむしろ当たり前
パレート分布はいたるところで見つかる。特に、複雑なシステムにはごく普通に見られる。英語で最も使用頻度の高い2つの単語”the“と”of“は、2つ合わせると、英語で使用されるすべての単語の実に10%を占める。株式市場では、最も値動きが大きい日の変動幅が、2番目に値動きの大きい日の2倍ほどになる。そして10番目に値動きの大きい日に比べると10倍にもなる。写真共有サービスFlickrでは、写真のなかの人物にタグをつけられるが、つけられるタグの数はパレート分布になるとわかっている。
パレート分布はほかに、地震や小惑星の規模、友人の数などにも見られる。科学の世界では、パレート分布がむしろ当たり前なので、普通のグラフ用紙では急カーブになるパレート分布が直線になる特殊なグラフ用紙も使われる。
科学の世界では当たり前のものになってすでに1世紀が経つにもかかわらず、パレート分布は一般の人々にはまだ異常とみなされることが多い。そのせいで世界の実像を正確に知ることが難しくなっている。家計所得の平均値を示されると、それが中央値に近いと思ってしまう人は多いだろう。その固定観念は捨てるべきだ。
「今回の危機は過去最大の危機と同じくらいだろう」
という考え方は今すぐやめるべき
同じようなことは通信ツールの使用頻度などにも言える。ヘビーユーザーの使い方と一般の人の使い方には差がありすぎるので、平均を取ってもあまり意味はない。また、極端に外向的な人の人付き合いは、ごく普通の人とかけ離れているので、両者の平均を取るのも意味はない。
私たちは、将来の地震や金融危機について予測する際、それがどれほど大きくても、過去最大のものと同程度にとどまるだろうと思いがちだ。しかし、そういう考え方は今すぐやめるべきだ。いつかはわからないが、長い時間が経過するうちには、いずれ過去最大のものの2倍の大きさの地震、危機が起き得ると考えなくてはいけない。
ただし、パレート分布は人間の手に負えないもの、何をしても変えられないものだと考えるのも間違いだ。実際、政府、社会の介入により、上から下までの落差を幾分、緩やかにできる場合もある。
たとえば、税制の変化よって、上位1%の人の収入は増減する。株式市場の値動きの幅も、医療費の変動幅も政府の努力で抑えることはできる。
だが、それがパレート分布だという意識がない限り、たとえ何らかの介入をしたとしても、適切な介入になる可能性は低い。パレート分布の存在に即座に気づけるようにならなければ、対処する方法を考えるのは難しいだろう。ベルカーブ分布が当然という頭でパレート分布に立ち向かっても、なかなかうまくはいかない。
パレートが「予測可能な不均衡」と呼んでから100年にもなるのだから、そろそろ私たちは、パレート分布を予測できるようになる必要がある。