その赤字は「良い赤字」なのか?
村上:赤字にも「良い赤字」、「悪い赤字」と種類があります。特に、先行投資が必要になるSaaSモデルの会社の場合には、「今は赤字ですが、いずれ黒字化します」という見通しを、売上/利益の推移のみならず、より詳細なKPIに因数分解して、本質的な事業価値の向上や成長可能性を構造的に説明する、KPIドリブンなIRが必要になると思います。
今までのPL中心のIRから、PL以外に、事業として、産業として本当に重要な指標は何かを問い続けるようになれば、日本企業のIRのレベルが高まっていくのではないでしょうか。
朝倉:良い赤字と悪い赤字を峻別することは大切ですよね。いくら投資家に「これは良い赤字です」と言ったところで、それを判断するための材料を提示しないことには伝わりません。なぜ良い赤字と言えるのか、投資家が理解できるような材料を整えましょうということですね。
小林:費用であれ、資産化されるものであれ、投資したお金は何らかの形で、参入障壁や顧客基盤といったような将来の競争優位に繋がるはずです。その部分の戦略的論理性と、それを表現するKPIの構造を投資家に説明できると、投資家の納得感が増すのだと思います。
村上:そう考えると、先ほどのメルカリの事例では、前述した時間軸のズレに加えて、国内では勝てる構造を確立できていても、海外でもその構造で勝てるとは限らない、と投資家に思われているのかもしれませんね。国内事業の再現性が海外でもあると説明するのがなかなか難しい。
例えば、FacebookやGoogleもグローバル化するときに大きな赤字を掘りました。彼らも自国からグローバル展開した際には苦労したのです。ただ、彼らの場合は、自国での市場占有率の高さが、海外での勝算につながるロジックを、ネットワーク効果で説明できました。一方で、メルカリがIR上苦労している点は、本国以外でも成功する構造が説明しづらいというところだと思います。
朝倉:その点やはりSaaSの場合は、あくまでも現在のKPI数値が継続した場合という仮定のうえでの説明ではありますが、それでも他の事業に比べれば、未来予測がしやすい事業モデルですよね。拙著でも「ファイナンス思考」の必要性を提言していますが、今後SaaS型のスタートアップが増えてくると、単にPLを見るだけでなく、より深く事業の構造を理解する投資家のほうが、より利潤を得やすくなるんじゃないでしょうか。
そう思うと、SaaS事業のIRは、経営者にとっては自社の魅力を伝えるという点、また投資家にとっては事業をより深く理解するという点で、双方にとって良い教材になるのかもしれませんね。いずれにせよ、経営者は成長の蓋然性をよりきちんと説明することを意識すべきだし、投資家は会社の実態をより詳しく見ることで、見落としがちな潜在的価値をより発見しやすくなるのではないかと期待しています。
*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2020/2/7に掲載した内容です。