政府やメディアの啓蒙施策だけでは
テレワークの「足かせ」を断てない
なぜこうした当たり前のことをわざわざ整理したのかというと、それがテレワーク推進の「次の一手」に関わるからだ。政府の呼びかけやメディアを通じた情報拡散など、現在行われている啓蒙施策は、「多数」を相手に「面」で展開するがゆえに、個人や個社に対しての「危機感の底上げ」の効果を持つ。これはもちろん前提として必要なのだが、残念ながら先ほどのような相互作用を断ち切る機能を直接的に有していない。現状、自分はテレワークをしたくても、「足かせ」が付いた状態でできない事情を抱える個人や会社にとっては、「そう簡単に言うな」と反発心を覚えかねない。テレワークを推進するという真の目的を達成するためにも、そうした反発心を蓄積していくのは極めてまずい。
これ以上のテレワーク拡大を狙うフェーズでは、「足かせを断つ」、つまり互いにテレワークできなくさせるような会社間・個人間の相互作用をなくしていく施策を押し進めることが必要だ。
具体的には、「会社間」の問題については、業界団体を通じた納期緩和や電子取引の依頼、呼びかけや、大企業からの同様の通達などが考えられる。中小企業は相対的に弱い立場にある。集団的な交渉を行うことや、強い立場の企業から救済に乗り出すことが有効ではないか。個人の問題については、企業トップからのメッセージングや、「出勤承認制」によって、テレワークをすることを社内のデファクトスタンダード(事実上の標準)にすることも有効だろう。こうした呼びかけによって、自社や自身“だけ”でなく、「みんながテレワークをするはずだ」「テレワークすることが当たり前だとみんなも感じているはずだ」という集団レベルの意識を形成する必要がある。
テレワーク拡大には
「みんなやってる」状態を広げること
テレワークの現状を、ノーベル経済学賞を受賞したトーマス・シェリングの「臨界質量critical mass」の考え方を借りて整理してみよう。
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図のように、「自分自身がテレワークをするかどうか」を縦軸に、「他者がどのくらいテレワークをしているか」を横軸にしたとき、それぞれの数値の比例関係は一定ではない。企業活動には先ほどのような相互作用が常にあるので、他社や他人が「まだテレワークをしていない」ということを認識し続け、それに影響をうける。実施率が伸びていき、図の中の臨界値を超えたあたりで、「みんなやっているから自分もやらないとまずい」という右上の赤いゾーンに入り、一気に伸びていく。
全国規模のテレワークという初めての事態で、この臨界値に参照できる基準などないが、実施率の差を見ると、おそらく東京の企業や、大企業では、この右上のゾーンにすでに入っているが、地方の中小企業では、左下のゾーンにとどまっている。まさに今求められているのは、この臨界値をできるだけ左下に寄せていくこと、つまり「みんなやっている」ゾーンを広げていくことに他ならない。そのためには政府・行政による戦略的なコミュニケーションや、個社を超えたレベルの企業の動きが必要になる。
そうした集団的な判断や呼びかけに参照してもらえるよう、パーソル総合研究所では、テレワーク実施率のデータを職種別・業界別に細かい粒度で公開している。一研究者としても、人々が少しでも接触頻度を減らし、ウイルス感染の抑制につながることを願ってやまない。