「シンプル」というよりは「お粗末」な茶碗

どうでしょうか? 解説を読んだあとだと、いかにも重要文化財らしく見えるかもしれませんが、パッと見ただけだと「え、そこまで……」というのが正直な印象ではないでしょうか?

その感覚は決して間違っていないと思います。
なぜなら《黒楽茶碗》は「デュシャン顔負けの問題作」だったのですから。

それをたしかめる意味でも、当時から最高峰だとされていた茶碗と《黒楽茶碗》とを見比べてみましょう。比較対象となるのは《曜変天目》。南宋時代の中国でつくられ、輸入された器で、現在でも日本の国宝として多くの人から愛されている至宝です。

http://www.seikado.or.jp/collection/clay/001.html

おそらくみなさんは「茶道=日本文化」というイメージをお持ちだと思いますが、茶道はもともと中国から伝わりました。そのため、当時は日本製の道具は「お粗末」と考えられており、本家中国の茶道具が好んで使われる傾向にありました。

《曜変天目》は、宇宙のように神秘的で美しい色合いをしています。星のようにも見える模様は、見る角度によって輝きが変わるそうです。表面はまるで宝石のようにつやつやとしており、ろくろを使って形成してあるので、端正な形をしています。

他方、《黒楽茶碗》はどうでしょう?

ろくろを使わず、手だけでつくられているため、形はなんともいびつです。
飲み口は見るからに歪み、表面にはボコボコとした跡が目立ちます。
《曜変天目》のような美しい模様も艶もなく、色は黒一色。あまりにも工夫が見られません。

おまけにこれは、当時では粗末だとされた日本製です。
利休がこれをつくらせた長次郎は、謎の多い人物ですが、もともと屋根瓦をつくる瓦職人であり、茶碗づくりに関しては素人同然であったという説もあります。

このように見てみると、《黒楽茶碗》が従来好まれてきた茶碗といかに異なっているのかがかなり際立ってきます。