天才数学者たちの知性の煌めき、絵画や音楽などの背景にある芸術性、AIやビッグデータを支える有用性…。とても美しくて、あまりにも深遠で、ものすごく役に立つ学問である数学の魅力を、身近な話題を導入に、語りかけるような文章、丁寧な説明で解き明かす数学エッセイ『とてつもない数学』が6月4日に発刊。発売4日で1万部の大増刷となり、教育系YouTuberヨビノリたくみ氏から「色々な角度から『数学の美しさ』を実感できる一冊!!」と絶賛されている。今回は「数学と音楽」をテーマに、著者が書き下ろした原稿を掲載する。連載のバックナンバーはこちらから。

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モーツァルトは数学を愛した

 アインシュタインがヴァイオリンの名手であり、「死とはモーツァルトが聴けなくなることだ」という言葉を残したことはよく知られている。また、日本を代表する数学者の一人である広中平祐氏は、高校生の頃までは音楽大学に進むことを希望していたとか。私のまわりの理系の友人の多くも、アマチュア演奏家であり音楽愛好家だ。

 逆に、音楽家の中にも理数系方面の才能に恵まれている人は少なくない。中には、スイス・ロマンド管弦楽団などと数々の名録音を残した指揮者のエルネスト・アンセルメ(1883~1969)のように、数学科の教授(ローザンヌ大学)にまでなった者もいる。

 天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)も例外ではなく、幼きモーツァルトは、父レオポルドから算数を学ぶとこれに熱中し、机や椅子や壁や床にまでも数字や図形を書き散らかした。また彼はビリヤードの名手だったが、それは数学や物理の知識を用いてボールの軌道を計算していたからだとも言われている。

 そのモーツァルトの作品の中に「音楽のサイコロ遊び」という曲があるのをご存じだろうか。この曲を演奏するためには、奏者はまずサイコロを2つ用意しなくてはならない。なぜなら16小節からなる曲のすべての小節には2~12の番号が付けられた11種類の小節の選択肢が与えられていて、そのどれを演奏するかは「2つのサイコロを振って出た目の和によって決めなさい」というモーツァルトの指示があるからだ。そういうわけでこの作品は演奏する度に違う曲になるのだが、いったい何通りの「曲」が成立するのかを計算してみよう。

 全16小節のうち、例外として8小節目には1種類、16小節目には2種類しか選択肢が用意されていないが、残りの14小節には11種類の選択肢があるので、曲のバリエーションの総数は次のように計算できる。

 1×2×11^14=759,499,667,166,482

 なんと約760兆通りもある。この作品を生涯にわたって繰り返し演奏したとしても、まったく同じ曲を2度演奏する可能性は極めて低い。