メルケル独首相(赤いジャケットの人物)の「らしからぬ失敗」とは? Photo:Reuters/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、欧州連合(EU)が「次世代EU」と自賛するコロナ復興基金に潜む「想像するだに恐ろしい」リスクです。EUとドイツ労働者の間に埋め込まれた致命的な対立の芽とは?

 ユーロ危機のさなか、ギリシャ、ドイツの両国政府が最も激しく対立していた頃、あるドイツ政府当局者が私に対し、ギリシャの債務免除を強く主張することを控えるよう働きかけてきた。

 ドイツは富裕国かもしれないが、国民の大半は貧しいからというのがその根拠だった。この点に関しては彼の主張は正しかった。

 最近の調査によれば、ドイツの人口の半数が国富のわずか1.5%しか保有していないのに対し、最も裕福な0.1%は国富全体の20%を保有している。しかもこの格差は拡大傾向にある。過去20年間、貧困側50%の実質可処分所得が低下し続ける一方で、上位1%の実質可処分所得は、住宅価格や株価と同様に急速に上昇している。

 ドイツ世論、特にユーロ圏財政同盟というアイデアに対する広汎な反発について理解するには、このような大きな、しかも拡大を続ける格差という背景を踏まえておく必要がある。

 家計のやりくりに悩むことがめっきり増えたドイツの労働者が、他国民を助けるために巨額の資金が流出し続ける計画に反対するのは当然だ。ドイツが国全体としては裕福になっているという事実は、ドイツの労働者の生活とは無縁である。

 ドイツの労働者は経験上、イタリアやギリシャに送られる資金は所得上位の1%からではなく自身の懐から出ることになると理解している。しかもその資金の最終的な行先は、ギリシャの悪徳財閥や、ギリシャの資産をほとんどタダ同然で買い取ったドイツ企業のポケットなのだ。

 結果として、欧州連合(EU)が最近合意した7500億ユーロ(8800億ドル)のパンデミック復興基金は、「次世代EU」などという看板を掲げているものの、多くの識者が夢見るような欧州統合の特効薬ではなく、むしろ欧州全域に広がる分断をさらに深くする恐れがある。

 このスキームがマクロ経済的に無意味であることはさておき、富の分配で国内の下半分に押し込められている典型的なドイツ労働者の視点から、改めてこれを見てみることが重要だろう。

 あるドイツの労働者は、パンデミックによる経済的な影響から他国民が立ち直るのを支援するため、EUが新たに負担する債務のうち、1000億ユーロを自国の政府が引き受けると聞かされる。イタリア国民は欧州復興基金から800億ユーロを受け取るらしい。スペイン国民は780億ユーロ、ギリシャ国民でさえ230億ユーロを受け取るという。

 では、彼女自身はどうか。