コロナ以降の新しい「仕事の考え方」の指針となる書籍、『どうして僕たちは、あんな働き方をしていたんだろう?』の発売を記念し、その一部を変更して公開します。
同書の著者は、シリーズ160万部超のベストセラーとなった『99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ』などの著作をもつ河野英太郎氏。電通、アクセンチュア、IBMなどをへて、現在は急成長中のスタートアップ・アイデミーで執行役員として活躍する河野氏は、何度もその働き方や仕事への価値観を変えてきました。その経験を活かし、過去の「働き方」をBefore/Afterのストーリー形式で振り返ったのち、実際にどうすれば古い働き方を変えられるかというHow Toのアドバイスをしてもらいます。
第2回は、コロナ以降の最も大きな変化ともいえる「対面コミュニケーション」がテーマです。
ストーリー編[Before] 仕事は電話と対面が基本!
「なぁ、受話器とるの、遅くないか?」
しぶしぶ、といった調子で、須賀佑介は声をかけた。入社2年目の社員の伊坂拓真は、傍目(はため)から見ていても「電話嫌い」らしかった。だが、すでに新入社員も入ってきており、伊坂には率先して先輩としての手本を見せてほしかった。嫌いであろうがなかろうが、顧客からの入電には一早く応えるのは営業の基本中の基本だ。須賀はそんなふうに言って聞かせた。
伊坂は、生返事で、電話のコードをいじっている。
「いいか、お前の仕事は営業だろ?まず顧客と会って、対面で話をして、関係を築くのが大事なんだよ。それは顧客だけじゃなくて、社内でも同じだよ。内線で済ませるだけでなく、必要であれば自分から顔を見せて、お願いしたり、相談したりする。とにかく、もっと会って話をしろよ」
営業は足で稼げ、なんて古いという言う人もいるが、その価値は変わっていない。対面でのトークスキルは自分の評価に直結するのだ。
「すみません、入電は……がんばります。でも、社内の人に連絡するのって、相手だって忙しいかもしれないじゃないですか?」
「内線に出なかったら、会いに行けばいいだろ」
「でも違う部署、フロアが遠かったりしますよね。メールじゃだめですか」
今日の伊坂は、すこし意固地なようだった。この先、こんな調子で、営業の外回りとしてやっていけるのだろうか。伊坂の横顔を見ながら、須賀は先が思いやられた……。
ストーリー編[After] 仕事の基本はオンライン。リアルの対面は「奥の手」に
フロアは静かだった。かつてこの営業部には、外線や内線を問わず、鳴り止むひまがないほど電話がかかって来ていた。
「新人の仕事は誰よりも早く電話をとること」で、「優秀な先輩たちが同時に2本、3本と電話をさばいていた」という伝説さえ、まことしやかに受け継がれていた。そんな景色は一変してしまった。オフィスに来る人はまばらで、今やコミュニケーションの主戦場はビデオ通話やチャットツールの上にある。
伊坂拓真は無言で、PC上の画面に、高速タイピングで次々にメッセージを入力していく。「電話嫌い」で通っていた伊坂は、今やビデオ会議やデジタルツールを使いこなし、営業成績も優秀だった。彼を指導していた須賀佑介にとって、それは喜ばしいことである半面、これまでの対面式の営業スタイルが通じず、自身は苦戦するときも多かった。
新型コロナウイルスの影響もあって、おいそれと「対面での会話」を持ち出すのも難しい。「よほどの内容」でなければ、対面はお互いに避けるのがマナーだった。このマナーは、実際に業務の効率化につながっていることもあり、コロナショックが落ち着いても変わりそうにない。
その分、たまに電話ができると、須賀はどこかホッとする気持ちになった。今では電話をしても相手が会社にいないことも多い。あるスタートアップ(ベンチャー企業)は、問い合わせ窓口としての電話を廃止してしまったそうだ。
「あのー、須賀さん……」
伊坂が言い出しにくそうに、声をかけてきた。
「例のトラブルが起きてた顧客なんですけど、やはりこちらに非があるみたいで、事態が深刻になってきまして……これ、どうすべきでしょうか?」
須賀の瞳に、さっと明るさが増した。これこそは「よほどの内容」だった。
「まずは、今すぐ電話して!流れ次第では対面で謝って、話をつけよう」
[How To] コミュニケーションツールの特徴を理解し、使いこなす
新型コロナウイルス感染症は、ビジネスのスタイルを大きく変えてしまいました。テレワークが推奨され、ソーシャルディスタンスが叫ばれる環境下では、私たちはもはや「対面」で会うことよりも、オンライン上で会話をすることを平常時の前提と考えるべきでしょう。
そうした背景もあり、営業、特にBtoB営業の様相は変わりました。これまでは「会えばなんとかなる」という、言わば「対面神話」がまかり通っていましたが、手土産を持っていくなど、本題以外の用事から商談につなげていくような機会は、ますます持ちにくくなっています。
結果として最近では、電話やビデオ会議でアポイントから商談まで進める「インサイドセールス」に注目が集まっています。正確には、初対面がビデオ会議であるケースも増え、もはやインサイドセールスと、従来のフィールドセールスは区別がつかなくなってきつつあります。
私も営業や打ち合わせでビデオ会議はフル活用しています。ビデオ会議だと対面よりも主題に入りやすいおかげか、これまで1時間が前提だった面会時間が30分程度で終わることもあり、とても効率的です。北海道にいる顧客との打ち合わせの直後に、沖縄の新規顧客と商談もできるのです。時候の挨拶や雑談がなく、資料を印刷する必要もない。単純に営業回数が増え、ビジネスチャンスは広がっています。BtoB営業の現場では「ビデオ会議だと上長の同席もしやすい」という理由で、成約率が上がっているケースもあると聞きました。
そうした状況を鑑みれば、もう「対面神話」が通じる社会に戻ることはないと言ってよいでしょう。戻ってはならない、とも思います。一度上がった生産性を下げることは、社会的にも「難しい」のです。
ただし、「対面神話」は崩れつつあるとはいえ、電話についてはまだまだ健在です。ビデオ会議をするほどではなくても、メールやチャットにはとても向かないやり取りが、ビジネスでは頻繁に発生します。
それでも、ケーススタディのように電話を嫌う若者は多くいます。彼ら彼女らは、よく「相手の時間を取ってしまうから」と言いますが、それはあくまで建前ではないかと思うのです。
以前、とある衛生用品の大手メーカーで講演をする機会がありました。その会社の社内ガイドラインには「相手の時間を取るので、電話はしてはならない」とあり、驚きました。私は講演で「この一文は無視するべき」と伝えました。
私にとって仕事とは「相手の時間を奪うこと」であり、奪った時間以上の価値をお返しすることにあります。だからこそ、「相手が忙しそう」という理由で声をかけない時点で、仕事を完結する意思がないようにも感じられるのです。
どうしても「この四半期に受注したい案件」があるとします。それなのに、顧客の連絡待ちの行列に並ぶだけでは、他の誰かに順番を奪われる可能性も出てくる。それならば、たった10秒でも、10分でも時間をもらえれば、受注できる可能性は広がります。
さらに言えば、自分の商品を顧客が手に取ることに価値がある、という確かな信念があれば、いち早く使い始めてもらうことが顧客のためにもなるはずです。
IBMにいたときの強烈な思い出が1つあります。ある企業へサービスを提案していた際に、「顧客の役員会が来月と決まっているので、今月中は検討できない」と伝えられました。そのことを当時の上司に話すと、彼は「(顧客の)役員会を前倒しさせられないか」と言ったのです。さすがに叶いませんでしたが、それくらい自社の製品やサービスを早く使うメリットがあると主張できるなら、買う側も、売る側も、お互いにとってハッピーなはずです。
私が電話の活用を勧めると、若い社員からは「イーロン・マスクも堀江貴文さんも電話は使わないと言っていますよ」と返されるのも定番です。私はその場で「君はイーロン・マスクなの?」と返します。つまり、電話を使わなくても生きていける人は世の中に一定数いますが、関係性など含めて、まだまだ少数です。その人たちの主張を真に受けるだけではなく、仕事にとって必要な手段は使うべきだと思うのです。もし、電話をとれない状態なら、相手も出ません。そんな状態だとわかってから、別の手段を取ってもいいはずです。
話をまとめると、原則論は「ツールの得手不得手を理解し、相手と状況に合わせて使い分ける」ことに尽きます。
たとえば、長文をしたためて「メールでけんか」をするような人は、ツールの得手不得手を理解していません。電話をひとつかける、あるいはビデオ会議で顔を見ながら話せれば、関係性もより改善しやすくなるでしょう。
むしろ、みんなが電話を使わないようになるほど、電話という手段が目立つことさえあるかもしれません。普段は文章でしかコミュニケーションしていない人から電話がかかってきたら、インパクトがありますよね。
情報伝達能力の強度でいっても、一番は対面で、ビデオ会議、電話、文字と落ちていきます。ただ、履歴を残したい、一斉に同報したい、時差などの時間差を超えたいという3点に関しては、文字でのコミュニケーションに優位性があります。
繰り返しますが、大事なのはこうしたツールの得手不得手を理解し、状況に応じて使い分けることです。最近のチャットツールでは通話機能も備わってきましたから、チャットと組み合わせて上手に使っていきましょう。また、対外的な謝罪などの「ここぞ」という場面では、対面での打診をすることも決して悪いとはいえません。
逆に、特段に必要もないと思われるのに「対面したい」と依頼されたときは、穏便に断るのも当然の権利です。どうしても、と「出頭」を強制されるようなケースがあった場合は、「申し訳ありませんが、会社からお客様のために対面は極力避け、環境や効率に配慮した行動をとるように指示を受けています」というコメントを返すのが、最も角が立たない断り方でしょう。会社としても、こうした可能性を事前に見越して、社員にガイドラインを出しておきたいものです。