ミステリの手法で謎を解き、
人生模様を浮かび上がらせる

――大阪にある老舗美術出版社のM&Aを扱うことになった半沢。その裏には銀行上役のさまざまな思惑が蠢いており、彼は否応なくその渦に飲み込まれます。しかし、真剣な丁々発止が繰り広げられる場が、会社の屋上での地元企業との“とある”行事だったりと、確かに第4作(銀翼のイカロス)までとムードが違っていますね。
池井戸 ああいう行事は、実際にあるんですよ。僕が銀行員だった頃、半沢と同じく大阪西支店に勤めていたんですが、そこには地元の顔役のような企業経営者が集まり、預金の協力を取り付けたりする機会でもあったので、けっこう大事な行事だったんです。
――作中、探偵のような役回りで美術出版社のお家騒動に関わり、そこに秘められた人々の思いを知る半沢。銀行員の仕事を通し、人の表情や街の仕組みが見えてきます。

時は90年代初頭。東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹は、出版社の買収案件を入り口に、芸術に憑かれた人々とその一族の歴史に踏み込んでいく。それを妨害、撹乱しようとする銀行組織。卑怯で狡猾な人間たちに向かって、最初の《倍返し》が炸裂する――。『半沢直樹シリーズ』の原点に立ち返った、熱く濃厚な人間ドラマ。
池井戸 中小企業に貸すお金は、その経営者の人生と密接にリンクしているので、そこが航空会社のような大企業に貸すときとは、ずいぶん違いますね。人の生き方を、お金の動きと結びつけて語りやすい。そういう意味では、今作は小説のサイズ感にあった物語世界になっているんじゃないかと思います。
――タイトルの『アルルカンと道化師』は、作中に登場する絵画《アルルカンとピエロ》に由来。半沢は絵に隠された秘密を追って、いわば探偵のように謎に迫っていきますが、その中で芸術家の人生や、その周囲にいる人々のドラマが織り込まれていきます。
池井戸 半沢直樹シリーズの次の物語を考えていたとき、ある画集でアンドレ・ドランの絵画『アルルカンとピエロ』を見て、絵画と結びついたミステリ風味の物語が浮かびました。僕はもともと江戸川乱歩賞でデビューした作家ですから、これまで大企業や町の中小企業を舞台にした作品でも、実は一貫してミステリやサスペンスの手法を使って書いてきたんです。
アルルカンもピエロも、日本語ではどちらも道化師と訳されますが、悪賢いのがアルルカン、純真でちょっと抜けているのがピエロ。悪巧みの巣窟みたいな銀行内部は、まさにアルルカンの集団です。
登場人物の中には、芸術家を目指しながら挫折した人々が何人も登場しますが、理想と食い違ったまま人生が転がっていく、そういう悲哀が滲む場面はなかなか書けなかったですね。書けないというか、書きたくなくて、飛ばして飛ばして、最後の最後に書きました。
――しかし、理想と現実のギャップに苦しむ人たちの思いが切実に描かれた、いい場面です。彼らのような人たちのためにお金を貸したいという、半沢直樹の職業人としての思いが伝わってきます。
池井戸 けっこう腹黒いけど、なかなかいいヤツですよね(笑)。人を中心に描く物語の書き方は、第1作の『オレたちバブル入行組』(2008年刊)を書いた頃にはしていなかったかもしれません。もっと無邪気に、面白さしか考えていなかったというか。でも、10年以上が経って、登場人物たちの心情や生きざま、彼らが抱える矛盾に踏み込む、そういう人間寄りの視点で書くようになった。『アルルカンと道化師』は、そんな今だから書けただろうし、書かなければならないと思った物語だったのかもしれません。