「人間が人間を評価する以上、完全に公平なのは不可能」と断言する星野リゾート代表・星野佳路さんが、これまで悩みながらたどりついた「評価制度」の大原則とは? 新刊『ザ・ビジュアルMBA』発売を記念して、同書の監訳を務めていただいた星野さんに「経営理論は現場でどう役立つのか」を伺うZoomセミナーを開催しました。その内容をダイジェストでお伝えする3回目です!

――星野さんは組織論に関心が高く、社員のみなさんのモチベーションアップに腐心されてきた、という話を(前回)伺いました。星野リゾートでは、1年間の休暇がとれる「学習休職」制度のほか、出世も立候補制にされるなど、自由な働き方を可能にする斬新な制度をいろいろ導入されていますよね。

星野リゾート代表・星野佳路さんが「評価制度はアバウトであることが大事」と言い切る理由星野佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程を修了。帰国後、91年に先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。以後、経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組みつつ、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する“リゾートの革命児”。2003年には国土交通省の観光カリスマに選出された。

まず、私たちは、総支配人になったり各ユニットのマネージメントポジションになったりすることを「出世」とは呼びません。「出世と降格」というと、ポジションから離れることにネガティブになります。星野リゾートでは、マネージメントポジションにつくことも降りることも立候補ですし、いったんポジションから離れてもらった後でも再立候補できます。なにより自分の意思を表明してもらうことが大事だ、という考え方です。

人事というのは、社員が何年も待っていて会社が自分の良さに気づいてくれて、自分のやりたいことに偶然当てはめてくれるということはないですから、それ(希望の仕事や働き方に就けないこと)が辞める理由にもなりますよね。人生そう長くないわけですから、やりたいことをやっていただくことが、長く働いていただく秘訣のひとつだと思っています。

ただ、全員に「好きなことをやってください」というわけにもいかないので、立候補制度をつくったのです。マネージメントポジションは立候補者から必ず選ぶ。周りがAさんがいいと思っても、立候補していなければ、ほかに立候補した人の中から選びます。自分で自分のキャリアをコントロールする感覚を共有したい、という思いでスタートした制度です。

――マネージメントポジションが立候補制だとすると、その評価制度にも特徴があるのでしょうか。

評価については、この30年間悩んできています。

そもそも人の能力を正しく評価することはできない、というところに立脚しないと、いい評価制度はできないと思っています。人間が人間を評価する――それも、一人が全員を評価しているわけではなく、何十人が何百人を評価するわけですから、どんなに精密な評価基準があっても、それを実行する際になると、公平に同じ目線と尺度で全員をみることは不可能です。

だから、そもそも制度をアバウトにしておくことが大事だと思っています。年俸や年収も「ある程度は」評価とリンクしているんだけど、バッファーがある、という感じです。3~5年で見れば公平に評価できていない面もあるかもしれないけれど、10年でみれば、おかしなことは是正されていく、というぐらいの覚悟でやらないと、評価制度をうまく走らせることはできないし、評価制度に対する社員の信頼も得られない。

おそらく、精密でぴったり報酬とリンクさせた瞬間に、精密さに対する疑念が湧いてきて信頼が得られなくなる、非常に難しい分野だと思います。すごい時間と労力をかけて本業より一生懸命評価しても仕方がないし、本来の仕事をやっていかなきゃいけない。

――たしかに、本業がおろそかになったら本末転倒ですよね。評価制度の要諦はなるほどと思わされました。もっと組織についても突っ込んで伺いたいのですが、後の質疑応答にまわさせていただいて、ここからは、組織論と並んで星野さんが得意とされているマーケティングについても伺わせてください。

マーケティングを最初に学んだのはやはりコーネル大学時代で、優秀な教授陣と楽しい時間を過ごせました。

長期的な戦略視点が大事で、短期的にどう売上を伸ばすかというセールス活動とは全く違うものだ、と理解できたのが大きかったですね。短期的なパフォーマンスを上げようと無理をし続けると、長期的なマーケティング戦略にとって害になる、ということはよく起こりえます。長期視点で本来やるべきことができている範囲で、短期的なキャッシュを得るための活動はありでしょうけど。

ホテルの世界でも、投資家やオーナーの財務的な事情から、(運営を任されている我々も)短期的な数字を重視せざるを得ない、という場合はあります。そこは理解しながらも、長期的にこの施設の競争力上、どういうマーケティング戦略に出るべきなのか、それを維持しながら、投資家やオーナーの短期的な事情に寄り添い達成し、長期的な視点も認識してもらってリソースを配分してもらう、ということが大事だと思います。

コトラー教授は「マーケティングは市場を創造することである。何かを売ってくるセールスではない」と述べているんですよね。その概念は、今でも私の中に常にあります。ただし、実践するのが難しい。同じことは、マーケティングのどの教科書をみてもそう書いてあるんです。多くの人がそれを学んで、「なるほど、マーケティングは顧客志向なんだ、顧客視点で市場を作ることなのか」と思っても、次の日に会社に行くと、短期的な売上に没頭してしまいます。昨日の納得感は何だったんだというぐらい、私たちは忘れがちなんですよね。理屈で理解することと、本当に実践することととの違いがある。その矛盾をどう解決するかは難しいですが、その発想なくして長期的な成長はありません。

――長期目標はどのように立てておられるのですか。

長期目標は、年数さえも言わないほうがいいと思っているんです。目標をたてると、それを達成しようと短期的に割り戻して、今年はこれを達成しなきゃ……と結局なってしまう。マーケットと向き合っているわけだから、なすべき正しいことをやっていった先に、売上が10かもしれないし100かも1000かもしれない。でも、それは結果であって、正しいことを淡々とやる、という目標をたてるべきです。

「5年後に売上100億円にしよう」などといった発想そのものが、短期(の足かせ)にひもづいていて、私はあまり好きではないですね。星野リゾートだと、「何年後に(旅館・ホテルの数を)何軒にするんですか」とよく聞かれるのですが、私はそういう目標をもったことはないです。

正しいマーケティングを展開すること、そして顧客の信頼を得てブランドをつくっていくことが大事なのであって、グループ全体で何軒になるかはわかりません。財務的な観点から数値目標もなきゃならないのはわかりますが、そこにどう縛られないでいるかも大事だと思っています。