――私たちが具体的にできることはありますか?
読書猿 『独学大全』でも技法を紹介していますが、それ以外だと、図書館を活用することをおすすめします。図書館というのはいわば、これまでに出版されたものをすべて管理している「知識の森」のリアル版ですから。
そして困ったら、司書さんにぜひ相談してみてください。図書館員は知識の森の管理人で、探しものの達人なんです。僕は大学時代からずっと、図書館員はすごいと思っていたんです。どんな分野のことを質問しても、100%まではいかなくても、70、80%の確率で答えてくれますから。
「図書館の司書さんって、なんでこんなに何でも答えられるんだろう? どうやって勉強してるんだろう?」とずっと気になっていて、「ひょっとしたらマニュアルがあるんじゃないか?」と思いついて、探したこともありました。そしたらあったんです。僕が手に入れて読んだのは『イノック・プラット図書館一般参考部スタッフ・マニュアル』とか『大阪府立図書館 参考事務必携』といった本ですが。 あとマニュアルじゃないですが、僕が一番参考にしたのは、現場の図書館員が何をどうやっているかを、失敗も含めて書き記した日記です。こちらは最近、増補された復活したので、今でも手に入りやすい。都立図書館の司書だった大串夏身さんという方が書いた『レファレンスと図書館 ある図書館司書の日記』という本です。
それから図書館のメール・レファレンスも強力におすすめしたいです。これ、ものすごいものですよ。世界中の、その国を代表する図書館の、探しもののプロたちが自分の独学を助けてくれるんですから。もちろん日本の図書館もやってます。県立図書館レベルなら、まずやってる。周囲に図書館がない、図書館に行く時間がないって人にも利用できる。あまりみんな言いませんが、インターネットが実現した、知的環境における最大の革命だと思います。
デマ本でさえ「知識の生態系」があるから生きられる
――ちょっとうがった見方をさせてもらうと、読書猿さんがおっしゃる「知識の森」の本って、知的で信頼がおけるものばかりを指していらっしゃる気がします。世の中には古典や学術ジャンルとは全く違う、ちょっと怪しい本もたくさんある気がするのですが……たとえば「ニセ科学本」や「デマ本」のことはどう捉えていらっしゃいますか?
読書猿 残念ながら、世の中には不正確な書物、そればかりか、あえて間違った事柄を書き広めることを目的とした書物までもが存在します。しかも著者や著名人の顔写真を使った目立つ外観や広告、配本数を増やして平積みになるようにしたり、あまり知識がない人たちが手に取る確率をできるだけ高めるように工夫されていますよね。
ひるがえって学術分野だけでなく、知識の流通を司る出版の世界も、基本的にはある種の「性善説」の上に、本に書いてあるものは大抵は正しいという前提の上に成り立っている。そして、この期待にこたえるように、つまり可能な限り正しい知識が伝わるように、間違いや誤りをできるだけ取り除くように、何重ものチェックを手間暇かけて設けている。
実のところ、ウソやデマを広めるための書物もまた、こうした不断の努力によって支えられてきた書物への信頼があるからこそ、そこに寄生できるからこそ成り立っています。
我々は偶然目にした一冊の書物に飛びつく代わりに、同じテーマを扱った複数の書物を常に求め、それらの存在を意識することで、書物への信頼に寄生するデマ本に気づき、その他のまともな書物を手に取ることができます。なんとなれば、デマ本は寄生できる書物のへ信頼がなくなれば存立できず、デマ本があるテーマには必ずや「まともな書物」の一群が存在するからです。
――本が売れないといわれている時代に、ご自身がこれほど分厚い本を出すのは覚悟がいることだったと思います。どんな思いを込めて作ったのか最後にお聞かせください。
読書猿 「本が売れない時代」というのが本当なのだとしたら、逆にお聞きしたいです。そんな時代にも関わらず本を書く機会が与えられたのに、まだ本を読んでいる人、本に期待してくれている人に向けて書かないでどうするんですか? だから、こんなに分厚い本なのに手にとってくれた人たちが、絶対にガッカリしない内容にしたいという思いで書きました。
また、この本をきっかけに独学をはじめて少しでも自由になって、幸せを感じてくれる人が増えれば、本を読まない人にも「あの本いったい何?」と興味を持ってもらえるかもしれない。そうやって知識の輪が広がっていくことが、本を絶滅危惧種にしないためにも、今の時代に本を出す一つの価値なのかなと思っています。
あとはやっぱり、歴代の書き手とか出版社とか、本を作ってきた人たちが、積み重ねてきた知識や知恵を拝借してきたので、その信頼にタダ乗りする本だけは出したくない、という思いもありました。
逆に、先人たちによって作られた知識の森を豊かにできるような本を作らなければ、申し訳が立たないですから。知識を借りっぱなしにすることだけは避けたいので、生きているうちに恩を返すつもりでこの本を書いたところもあります。そういう意味では、先人たちのおかげでメルマガやブログを発信してから20年以上経った今、『独学大全』がひとつの集大成になったように思います。
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