コロナ禍で感じる生活上の変化
弘兼:私は、今年はひきこもり状態でしたね。もう結構なベテランにもなったし、若手の編集者に言われて描き直すことはまずないですから、もともと編集者とはほとんど打合せをしないんですよ。自分で勝手に描いて「できましたよ」って電話をしたら、バイク便がピックアップに来るという感じです。
それに加えてゴルフに行く回数とか、会食がぐっと減りましたね。特に新宿歌舞伎町あたりには近寄らず、せいぜい荒木町あたりで止まるようになりました。
北方:私は銀座のクラブが減ったな。クラブに行っても、みんなフェイスシールドなんかしていますしね。だからバーテンダーの友人がいる店で、カウンターの席を1席ずつ空けた状態で座り、そこで飲むようになりました。銀座のクラブに行かず、個人的な会食もしない。だから財布のお金が減らない。
弘兼:確かにそうですね。コロナ禍になって、なにが変わったかって、お金が余るんですよ。財布の中に入れているお金が、いつまでたっても減らないんです。
北方:それだけ以前は無駄遣いしてたってことでしょうね。
弘兼:いまはお金を使うといっても、たまに飲みに行くかゴルフくらい。強いていえば、クルマですかね。
北方:私は、もうクルマの運転はやめました。うちの船のクルーが私を乗せて、別荘まで連れて行ってくれるんです。
弘兼:私もゴルフに行くとき、自分で運転するのをやめたんですよ。行きはいいんですが、帰りがどうにも眠くなって、もう駄目だな、と。
北方:私は、スピードを出し過ぎるようになっちゃったんです。65歳過ぎたら、死ぬの怖くなくなってしまい、スピード違反で2回捕まった。事故を起こして自分が死ぬのはかまわないけど、他人を巻き込んだら何回腹を切っても足りないなと思って……。それで運転をやめました。
他人に迷惑を掛けない範囲で、楽しんだやつが勝ち
弘兼:仕事のほうは変わらないですか?
北方:仕事のペースは全く変わってないです。ただ、さっきも話したように脊柱管狭窄症になって10日くらい入院していたんです。そのときも原稿を書かなきゃいけなかったので、いろいろ試した結果、仰向けになって画板に原稿用紙をつけると、どうにか書けることがわかりました。上を向いていると万年筆じゃインクが出なくて書けないから、鉛筆を使って60枚ぐらい書きましたかね。ずっと書いていると手がしびれてくるんですよ。
弘兼:そうですよね。血液が重力で下がっちゃいますからね。
北方:そうなんです。そうやって1枚書いてはビッと破っていくから、ベッドが原稿用紙の海みたいになる。まあ、変化といえばそのくらいですよ。私にとって小説を書くことは生きることであり、生きることは書くこと。書いてなかったら死ぬんです。
弘兼:マグロみたいなもので、泳いでいないと死んでしまう(笑)。私も最近は目がだいぶ弱ってきましたけど、気力とかアイデアはまだまだ衰えてない。だから、これからもずっと描き続けるんでしょうね。
北方:そもそも、毎日ちゃんと仕事をしているから、こうやって気ままに生きても許されているんです。
弘兼:最近は、いろいろあっても「まあいいか」の精神で済ませようという境地になっています。この年になったら、もう背伸びをする必要もないし、自然体でとにかく楽しむことが一番。他人に迷惑を掛けない範囲で、楽しんだやつが勝ちっていう感じですね。
北方:私は、クルマでは危ない運転で迷惑をかけていたかもしれないけれど、今はもう運転をしていないし、それ以外ではなにも迷惑をかけていないと思う。もうこっちは勝手に生きてるから、勝手に楽しませてもらうだけですね。
弘兼:私は昔から「いまが一番面白い」ってずっと思ってきました。だから70歳を過ぎても、いまが一番面白いんです。
北方:私もそうですよ。いまが一番面白いし、自分が生きてきた時代が嫌な時代だったとも思いたくない。辛かろうが何しようが、いい時代でしたよ。学生のころは留置場に入れられたりしましたけどね。
弘兼:なにをやったんですか?
北方:学生運動で石を投げてただけです。捕まったとき名前も言わなかったら、23日間も入れられました。そういうのがあったから、いまになってみると「学生時代を満喫したな」という気分になっています。
弘兼:いろいろあっても後悔することなんかない。私は「こうなったのは社会が悪い、制度が悪い」みたいに、他人のせいにするのがあんまり好きじゃないんですよ。誰のせいでもなく、全部自分がまいた種だと思って生きる。そういう潔さを大事にしてますね。
北方:客観的に見て、70代の男は自由に生きていると思いますね。だって、まだそこらの小僧に負けると思っていないからね。