雲西寺(大分) 投稿者:@unsaiji ‬‬‬ [2020年11月21日]‬

企業理念を「三方よし」に改めた伊藤忠グループ

 今回は大分県中津市にある浄土真宗本願寺派の雲西寺の掲示板です。短くてインパクトのある、心に刺さる言葉をよく掲示板に書かれているお寺で、以前、「ばれているぜ」でもご登場いただき、これは書籍『お寺の掲示版』の表紙にもなりました。

「もうこりた」って、何に懲りたのでしょう。新型コロナウイルスに感染しないように四六時中気を付けることに?こんな状態が半年以上も続いていることに?

 実はそうではありません。これは「忘己利他」のことです。この言葉は伝教大師最澄の『山家学生式(さんげがくしょうしき)』という、比叡山で修行する者のために記された教育方針と規則を定めた書の中に出てきます。

 己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり

 己の事を捨てて、他人のために尽くすことが慈悲の最高のあり方であるということです。この掲示板の左側には「仏教の最終精神は『忘己利他』です」と小さく書かれており、これは仏さまの姿勢を表すものでもあります。

 お釈迦さまの前世の様子を表した『ジャータカ物語』に「捨身飼虎」という有名なエピソードがあります。これは非常に飢えた虎の親子と出会い、不憫に思った釈迦が我が身を投げて、虎の母子に自分の身体を食べさせて救うお話です。典型的な釈迦の「忘己利他」の話ですが、このようなことを実践できる人はこの世界にまずいないでしょう。わたしたちは自我を捨てることができないため、「忘己」を伴う行為はなかなか実践できません。しかし、「利他」の行為はわたしたちの心がけ次第で実践できます。

 みなさんは「利他の心」を大切にしていますか?「利他」に関しては仏教界だけでなく、ビジネスの世界においても重要性を説く経営者がたくさんいます。京セラの創業者である稲森和夫氏はおそらくその代表的な存在でしょう。還暦を過ぎたのち、臨済宗のお寺で得度しています。ご自身の公式サイトの中で「すばらしい人生を送るために」は「利他の心を判断基準にする」とし、利己の心と利他の心を比べたうえで、こう語っています。

 利他の心で判断すると「人によかれ」という心ですから、まわりの人みんなが協力してくれます。また視野も広くなるので、正しい判断ができるのです。より良い仕事をしていくためには、自分だけのことを考えて判断するのではなく、まわりの人のことを考え、思いやりに満ちた「利他の心」に立って判断をすべきです。

「利他の精神」は稲盛氏だけではなく、近江商人が大切にしていた「三方よし」の理念にもうかがうことができます。この言葉は伊藤忠商事の創業者であり、浄土真宗の熱心な門徒でもあった伊藤忠兵衛氏が起源であるようです。「近江商人と三方よし」という創業者について語った伊藤忠商事の公式サイトでは、このように描かれています。

「『売り手によし、買い手によし、世間によし』を示す『三方よし』という表現は、近江商人の経営理念を表現するために後世に作られたものであるが、そのルーツは初代伊藤忠兵衛が近江商人の先達に対する尊敬の思いを込めて発した『商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの』という言葉にあると考えられる。」とのことである。

 伊藤忠グループは、2020年4月1日に企業理念を「豊かさを担う責任」から「三方よし」に改めたそうです。自らの利益のみを追求することをよしとせず、社会の幸せを願う「三方よし」の精神は、CSR(企業の社会的責任)につながるのみならず、「誰一人取り残さない」という「持続可能な開発目標(SDGs)」にも通じるものがあります。「三方よし」の考え方の素晴らしさが再び見直されたのでしょう。

 現在、新型コロナウイルスの影響で先行きが見えず、大変苦しい状況が続いています。自己の利益を確保することに必死で余裕のない方がほとんどかもしれませんが、いざ周りを見渡すと、苦しんでいる方も大勢います。このようなときだからこそ、自己の利益ばかりを考えるのではなく、他者や世間を思いやる気持ちを忘れないようにしたいものです。

 第3回「輝け!お寺の掲示板大賞」受賞作の発表はいよいよ来週12月7日です。当連載でも取り上げますので、今しばらくお待ちください。

「輝け!お寺の掲示板大賞2020」
ご応募を10月31日で締め切りました。

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