「ワークマン遭遇」できる場所

楠木 ワークマンの製品の性格を考えると、店舗で実物を見たり触ったりすることが購買につながります。ただし、近い将来、顧客がワークマン経験を深めていけば、アンバサダーから情報を得て、eコマースで購入するという流れがどんどん出てくると思います。

土屋 お客様に機能をどう伝えるかということが課題です。
今年初めてダウンジャケットを開発しました。このダウンには作業現場で着て、釘など鋭利なものが刺さっても、自動で穴を修復する機能がついています。これは触らないとよさがわかりません。

楠木 在庫と販売機能を持たないワークマン展示場みたいなものを駅ナカに出したらどうでしょうか。最新製品を見たり触ったりできる展示ブースで、気に入ったらeコマースで購入する。ブースにいるのは常時1人。直営で運営する。

土屋 面白いですね。ワークマンの製品は1万円くらい買うと、手では持ち運べない量になりますから、送るほうが本当はいいんです。
いまのところ都心に店舗がありません。粗利は35%が上限なので、家賃は売上の3%以下に抑えています。銀座に店舗を出すと家賃が売上の50%になってしまいます。でも、10坪ぐらいのデモルームならできそうです。

楠木 駅ナカのワークマン展示場みたいなイメージがいいと思いますね。

土屋 駅ナカに普通の店を出すと、商品の供給量が多すぎてロジスティクスが難しい。一押しの製品だけを体験できる展示ブースならできます。

楠木 そこにアンバサダーが定期的に来店してイベントを行う。ジャパネットたかたの高田さんが展示場にいるイメージ。そういうのが駅にあると面白い。

土屋 1回やってみて反応を見る価値はありますね。

楠木 アパレル分野ではみんな一応は考えることですが、他社はうまくできないと思います。そこにワークマンの勝ち筋がありそうです。

土屋 なぜですか。

楠木 デザインやフィット感を売りにすると、多くの商品を置かなくてはならず、小さな店舗くらいのスペースが必要になります。
展示に特化したブースは普通のアパレルだと価値を持ちません。
でもワークマンの製品は機能が売りなので、「ちょっと触ってみたい」と思う人が大勢いるでしょう。

土屋 テレビの力が落ちてきたので、ネットでの訴求に力を入れていましたが、リアルな体験ができる場所との組合せは必要ですね。

楠木 ワークマンの知名度が上がっても、9割の人は触ったときの驚き、値段を見たときの衝撃で購入しているのでしょう。
その経験を多くの人にしてもらうにはどうしたらいいかということです。

土屋 ワークマン体験ですか。

楠木 ワークマン体験っていうか、ワークマン遭遇です。一発目の。

土屋 素晴らしい発想ですね。そう思われたきっかけは?

楠木 個人的な経験です。私のワークマン遭遇は「スニーカー」でした。
あの軽さで税込980円。びっくりしたんです。
ああいうことを多くの人が経験できるとしたらすごいことになるな、と。
ワークマンプラスや#ワークマン女子がたくさんできても数は限られますよね。
本当にそのワークマン遭遇。ワークマン経験はお店でしてもらえるとして、ワークマン遭遇に特化したリアルな場所があるといいんじゃないかと思いました。
昔、スーパーの一角で「この包丁はよく切れますよ」って人を集めてやっていましたよね。

土屋 実演販売ですね。

楠木 そのテレビ版が「ジャパネットたかた」だと思うんです。駅ナカのワークマン展示場もその機能を持っています。

土屋 そうですね。これはぜひやってみたいです。ありがとうございます。

(第7回へつづく)

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。

土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。