「スピード感を持って」
と言っている人ほど仕事が遅い

土屋 たしかに、ワークマンは短期的に何かをしようという会社ではありません。
締切がない会社で、何かをやるときには「もっとゆっくりやろう」「もっとじっくりやろう」と言っています。
締切とかノルマや納期なしでやっています。ノルマや期限は設定せず、プレッシャーはかけない。
プレッシャーをかけてできるくらいの「強み」は「本物」の強みではないという考えが社内にあります。

楠木 それがロジックで動いていることの1つの証明なのです。
無理なくロジックでつながっています。ロジックがなくなると、「気合が足りない」「なんとかしろ」「不退転の決意で臨め」となります。

土屋 会社では、「長期的に競争優位を導き出すような仕事をしてくれ」と言っています。時間はかかってもいい。だから拙速なことは一切するなと。

楠木 「これからはスピードが肝心」「スピード感を持ってやりましょう」と言っている人ほど仕事が遅いものです

土屋 私は人にものごとを頼むときは必ず、「これは急ぎじゃないから暇なときにやってください」と言います。
それで遅れて困ったことは1回もありません。私は常に性善説で考えています。
人間は良心的だから、会社が本気なら社員もやろうと考えます。社員はノルマで頑張るのではなく、良心で行動しています。ノルマは達成できないとすぐあきらめますが、良心で仕事をすれば自発的に継続します。

楠木 一つひとつの思考や判断に、ことごとく時間的な奥行きがありますよね。

土屋 私は商社時代に多すぎる目標、過大なノルマがあたりまえの世界にいました。
ノルマや納期のある仕事を複数抱えると、ストレスからミスが増え、結果は間違いなく悪くなります。また、目の前の数字を上げるために、短期間で結果を出そうとすると、どうしても仕事のスケールが小さくなってしまいます。

楠木 なるほど。

土屋 それに「前年比200%アップ」といったありえない目標を与えられると、しらけてしまいますよね。
目標と向かい合うことさえバカバカしくなる。できないことがあたりまえになるし、できない環境に順応してしまいます。
目標が達成できずにボーナスが減るとわかれば、事前にボーナスが減ったときに対応するような生活レベルにする。
バカげた目標さえなかったらできていた仕事を早めにあきらめてしまう。頭のいい人ほど先読みするから、途中であきらめるケースが本当に多い。そういうパターンばかりなんです。だったら1つの目標を時間をかけて達成するほうがいいんじゃないかと。

楠木 そう言われたほうがやりたくなりますね。

土屋 「もっとゆっくりやろう」「もっとじっくりやろう」は本気の言葉です。

楠木 あっさり言えば、「真剣に考えている」。真剣に考えなければ、論理でつながったストーリーは生まれません。

(了)

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。

土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。