『週刊ダイヤモンド』2月20日号の第一特集は「脱炭素 完全バイブル」です。ついに、環境負荷の低減が企業の経営課題の“本丸”に格上げとなりました。コロナショック後、欧州で先行していたグリーンシフトは中国や米国などに広がり、3000兆円を超える巨額マネーが環境関連分野でうごめいています。主要国・主要企業はその環境マネーが呼び込もうとしのぎを削っているのです。翻って、日本は完全に出遅れました。電動化シフトに躊躇する自動車業界、温室効果ガスを大量に排出する鉄鋼・化学業界、再エネ促進が進まぬエネルギー業界──、世界の潮流に出遅れた日本企業の処方箋を模索しました。

世界最大の資産運用会社の「変節」
世界の潮流は環境第一主義へ完全シフト

 世界最大の資産運用会社である米ブラックロックの〝変節〟に、重厚長大産業に属する大手メーカー幹部は頭を抱えるしかなかった。

「2年前に上層部と情報交換したときは、『環境ありきの投資方針は掲げていない。何より重視するのは会社の収益性だ』と言っていた。それなのに、舌の根も乾かぬうちに今度はESG(環境・社会・企業統治)最優先だと言いだした」

 目下のところ、このメーカーは投資家対策として環境負荷を低減するプラン作成に追われている。

 世界の潮流は、環境第一主義、脱炭素へ完全にシフトした。

 元々、環境対策で先行していたのは欧州だ。新型コロナウイルスが感染拡大する前の2019年に、「欧州グリーンディール」として50年にカーボンニュートラルを達成する目標を掲げていた。その背景に、したたかな思惑があったことは言うまでもない。

 IT産業でグローバル市場を席巻する米中に対抗するため、「脱炭素を錦の御旗として掲げることで環境規制の構築を主導し、欧州産業に有利な経済環境を整えようとしていた」(金融機関幹部)のだ。

 その矢先に、新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界は経済活動の停滞を余儀なくされた。そこで主要国政府は、コロナ禍で被った経済的打撃を「環境関連ビジネス」を中心とする経済成長でカバーしようと動きだしている。

 昨秋には、経済成長優先で環境対応は二の次である中国ですら、60年にカーボンニュートラルを実現することを宣言。米国もジョー・バイデン大統領が就任したことで、「パリ協定」(地球温暖化対策の国際的な枠組み)への復帰を表明した。

 もはや、グローバル規模で「グリーン経済戦争」が勃発していると言っていい。自国の産業競争力を高めるために、主要国の政府は環境分野に巨額の補助金を投下している。

 それだけではない。民間投資も環境ビジネスへ殺到している。

 主要国はコロナショックによる急激な景気の落ち込みを警戒して、未曽有の金融緩和と財政出動を実施。先進国の国債利回りが低下する中、行き場を失った資金が環境関連投資へ押し寄せているのだ。

 政府補助金のバラマキと金融市場の金余りで、3000兆円を超える巨額マネーが一気にグリーン投資へ大流入し、「グリーンバブル」の様相を呈している。

 そして──。世界的なグリーン投資の過熱は、いよいよ国内産業界をも巻き込み始めた。

CO2排出量が多い「鉄鋼」「化学」産業が
グリーン成長戦略から外された不可思議

 日本郵船の下村修一郎・IRグループ長兼ESG経営推進グループ調査役は、「ドイツの自動車メーカーには、自動車運搬船の燃料として、重油ではなく二酸化炭素(CO2)の排出量が少ないLNG(液化天然ガス)を使うことを取引条件とする企業が出てきている」と打ち明ける。

 海運業界では、顧客との契約に環境負荷の低減が条件として組み込まれるようになっているのだ。

 あらゆる業種の企業にとって、環境マネーを呼び込むためにも、グローバル企業との取引関係を構築するためにも、脱炭素がビジネス参加の最低条件となったのだ。環境を経営課題の中枢に据えてこなかった企業は、強制的に脱炭素シフトを急がねばならない。

 昨年末、日本政府は「50年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表した。国内産業が脱炭素シフトを進める上で、大事な指針ともなるものだ。

 このペーパーには、脱炭素を実現するために重要な14業種が記されている。実は、14業種には明確な序列がある。ある内閣官房官僚によれば、「自動車・蓄電池産業、洋上風力産業、半導体・情報通信産業は優遇されている」という。

 言うまでもなく、自動車は国内産業の屋台骨である。欧米中に電気自動車(EV)シフトのゲームチェンジを仕掛けられている自動車産業は、国難ともいえる危機に直面している。そのため、経済産業省幹部は「自動車は絶対につぶせないので、EVに必要な蓄電池(車載電池)に補助金を付けて支援する」と言う(「トヨタとパナの車載電池に「血税1兆円」投下!中韓に劣勢のEVで挽回なるか【スクープ】」を参照)。

 洋上風力も「菅(義偉)首相の肝いりである上、再エネ比率を18年度の17%から50年に5〜6割に引き上げるときに、けん引車の役割を果たすエネルギー。政策的支援が必要となる」(同)。

 その一方で、14業種のうち半分の業種については具体的な目標が示されていない。中身が生煮えのまま策定されたこの〝即席感〟にこそ、政府が脱炭素シフトへ急展開した裏事情が表れていると言ってもいい。

 また、航空機産業や船舶産業は、コロナショックや造船不況で「産業が1〜2年を持ちこたえられるかどうかという正念場にある」(造船業界幹部)。にもかかわらず、水素航空機や燃料電池船の開発など、今取り組むには非現実的な要素が並んでいる。

 さらに疑問なのが、CO2の排出量が多い鉄鋼と化学の二大産業が、14業種から外された点だ。政府は斜陽化の鉄鋼産業を「成長が期待される重要分野ではない」と判断したのかもしれないが、鉄鋼は政府が最重要産業と位置付ける自動車に不可欠な素材である。しかも、日本製鉄が生産拠点の中国シフトを検討するくらいに追い込まれている(特集「脱炭素 3000兆円の衝撃」の#9「鉄鋼メーカー「高炉再編」最終形を大胆予想、脱炭素で中国逃避の仰天計画も」参照)。

 国家の基幹産業の未来が計画から抜け落ちた意味は重い。

 化学に至っては、半導体材料や電池材料、炭素繊維などの軽量化材料といった、日本の製造業を支えるエース級の産業である。本来ならば、政府が言うところの「世界中の環境関連の投資資金をわが国に呼び込み、雇用と成長を生み出す」グリーン戦略の中核に据えられてもおかしくないはずだ。

 詰まるところ、この成長戦略は個別業種の努力目標の寄せ集めにすぎず、日本の勝ち筋が見えない。

勝ち筋がない日本
需要側・供給側セットの戦略が必要

 まず、業種を超えた横断的な戦略がない。欧州が旧来型の自動車産業のEVシフトを優位に進めるために、中韓の電池メーカーを域内に呼び込み〝欧州規格〟のエネルギーマネジメントを展開しようとしているのとは対照的だ。

 次に、ライフサイクルアセスメント(LCA。製品・サービスの原料調達から、生産・流通、廃棄に至るまでのライフサイクルにおける環境負荷の低減を定量的に評価する手法)の視点も乏しい。

 製造業など、エネルギーを利用する需要側にとって、脱炭素はビジネス参加の最低条件となった。それにもかかわらず、電力会社などエネルギー供給者に配慮されたエネルギー基本計画が土台にあり、需要側の意向は反映されにくい。

 実際に、「今回の計画はエネルギー供給側に偏っているため、脱炭素社会に向けてエネルギー需要側のイノベーションが必須となる」と竹内純子・国際環境経済研究所主席研究員は指摘する。

 業種横断的な戦略とLCAが組み込まれた戦略。これらの欠如は、次世代エネルギーの目玉となった洋上風力と水素の普及の壁にもなるだろう。

 ただでさえ洋上風力は発電コストが高く、補助金頼みとなる電源だ。その上、洋上風力タービン市場は欧州勢で寡占化されている。発電機向けの部品市場についても、日本企業がどこまで食い込めるかは未知数だ。

 水素が壁に直面するのは、いつか来た道である。14年にトヨタ自動車が世界初の量産燃料電池車(FCV)「ミライ」を発売した後、やはり世界に先駆けて水素基本戦略を策定した。それでも、日本に水素社会は生まれなかった。

 その背景には、「水素サプライチェーンのうちBtoC向けの〝使う〟ところにしか重きが置かれていなかった。端的に言えばトヨタさんだけが頑張って、発電などBtoBでの広がりがなかった」(エネルギー関係者)ことがある。川上から川下までのサプライチェーンが潤うパッケージ戦略なくして生き残れない。

 世界で勃発したグリーン経済戦争は、まさしく技術覇権戦争である。したたかな戦略がなければ、グリーン革命は起こせない。

出遅れた日本企業に活路は?
「脱炭素完全バイブル」を策定

 『週刊ダイヤモンド』2月20日号の第一特集は「脱炭素 完全バイブル」です。

 脱炭素をクリアできない企業は、ビジネス参加の入場券さえ得られない──。ついに、環境負荷の低減が企業の経営課題の“本丸”として据えられる「脱炭素時代」が到来しました。

 欧州から遅れること1年後、菅政権は50年にカーボンニュートラル(炭素中立。CO2の排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにすること)を実現する方針を表明。急転直下の脱炭素シフトにより、日本の産業界はてんやわんやの混乱に陥っています。

 EVを主軸とする電動化シフトに遅れた自動車業界、製造業の中でも大量にCO2を排出する鉄鋼・化学業界、再エネの普及率が一向に上がらないエネルギー業界──。日本企業は世界の潮流からはじき出されようとしており、グローバル競争では明らかに劣勢の状況にあります。

 日本企業にとって厄介なのは、既存事業から「環境負荷の低減」を実現できる新規事業へと、一足飛びに事業の構造転換ができるわけではないことです。

 例えば自動車業界でも、したたかな戦略を携えることなくガソリン車からの「EV100%化」を急げば、国内自動車メーカーの優位性は消え自動車業界は壊滅的な影響を受けてしまいます。既存ビジネスの膿を出し構造改革を実行しながら、新たな商機を掴まなければならないのです。

 果たして、脱炭素と経済成長の二兎を追うことはできるでしょうか。

 世界の潮流と国内産業の内実とのギャップをどう埋めていけばいいのでしょうか。日本企業がラストチャンスを手にするために、「脱炭素完全バイブル」をお届けします。

(ダイヤモンド編集部副編集長 浅島亮子)