日本電産・永守重信会長の覚悟

楠木建教授が伝授!「“秘孔”を突けば組織文化はガラリと変わる」中竹竜二さん(写真左)と楠木建教授(写真右)

楠木:例えば日本電産の永守重信さんは、M&A(合併・統合)でいろいろな会社を買収したあと、その会社の価値観に手を突っ込んでいきます。このとき、ものすごく手数をかけているといいます。

 新しい会社を買収したあと、その会社や工場に近くて質の高いレストランのランチタイムを毎週2回、1年先まで予約したそうです。従業員をいくつかのグループに分けて、一緒にランチを食べながら話して、永守イズムを伝えていったそうです。

中竹:徹底していますね。

楠木:そういうことは、社外取締役にはできません。一度言っても分からないので、それを繰り返し言うことなど、どこまでいっても労働集約的な仕事なんじゃないですかね。

 とはいえ、組織文化の変革がやりやすい面もあると思います。企業の場合、例えば資本政策を変革するケースでは、それにかかわるのは特定少数の人しかいません。ところが組織文化は、そこで働いているありとあらゆる人にとって、毎日、朝から晩まで関係していることです。だから、一人ひとりの行動ににじみ出るのです。

 その組織の価値基準なので、どのような職場に入ってもすぐにその人に実感を持って感じられる。少なくとも、いろいろな手を繰り出せる可能性は高いと思います。

中竹:誰にとっても身近な問題になるので、その可能性はありますね。組織文化変革の壁になるものとしては、楠木先生が日本経済新聞のコラム「学び×コロナ時代の仕事論」で書かれた「大人の幼児性」が勉強になりました。つまり、本来は好き嫌いの問題なのに、それを良し悪しの問題にすり替えてしまう。これは非常に危険ですよね。

楠木:そうなんです。ただ、そこには両面があると思います。「それは個人の好きずきなので強制はダメだよね。みんな大人なんだから、それぞれの価値観があってやっているんだから」というのはその通りではありますが、そこで終わってしまうと、変革は難しい面があると思います。だからこそ、先ほど言ったような変革の「ツボ」を見抜く力が、組織文化を変革するリーダーに求められるのではないでしょうか。

 もちろん、その「ツボ」は人によって違うのかもしれないし、会社によってもまったく違うのかもしれません。組織文化の変革に特殊なリーダーシップが求められると言ったのは、その組織特有の「ツボ」を見抜く力が必要だからです。

中竹:痛いところを突かれた、というその「ツボ」を押せるかどうかですね。

楠木:そうだと思います。みんなが「それはそうだよな」と思えるところが、組織文化を変革する起点になると思います。そもそも人にはできることとできないことがあって、普通の人ができないことをやってのけるのが本当のリーダーです。その最たるものが、組織文化を変えるという難題ではないでしょうか。そういう意味では、組織文化の変革は「組織の秘孔を突く」というイメージなんでしょうね。

中竹:面白い(笑)。いい例えですね。

楠木:そこを突くと、一瞬にして周りに波及し、堅牢に組み上がっていたかのように見えた組織文化ががらがらと崩れていく。言葉の力は大きいと思います。

 故・野村克也監督は毀誉褒貶が多い人でしたが、組織文化の変革者としての能力は際立っていたのではないでしょうか。かつて剛腕で鳴らした江夏豊投手を、日本のプロ野球界で初めて「リリーフエース」という地位につけたのは、野村監督でした。当時のプロ野球の組織文化として、ピッチャーは先発完投型がエースで王道。リリーフは二流の投手がやるものという価値観が定着していました。

 江夏投手も先発完投型で、入団から9年連続10勝以上、そのうち20勝を超えたのが4回、15勝をこえたのが2回と、特筆すべき成績を残していました。しかし、血行障害と心臓疾患に悩まされて完投できる体力もなくなってきた江夏投手は、1976年シーズンから南海にトレードで移籍します。南海の監督だった野村さんは、江夏投手にリリーフ転向を勧めます。

 これは江夏投手の価値観に合わない。反発する江夏投手に対する口説き文句は「野球界に革命を起こそう」。この言葉で江夏投手は「そうか、革命なんだ」と納得したといいます。それからは南海、広島、日本ハムをリリーフエースとして渡り歩きました。野村監督のような言葉の力は必要なのではないでしょうか。

中竹:そうかもしれませんね。

楠木:でも、それはやっぱり江夏投手のツボを押さえているから言えることです。猛烈なプライドがあって、それを支えにプロ野球界を生きてきた人だからこそ、その言葉が響いたのでしょうね。

中竹:ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズ監督は、野村監督とは違って破壊する人ですよね。

楠木:そうなんでしょうね。スポーツは勝ち負けが毎回はっきりと出るので、比較的、好循環が始まったときは分かりやすいと思います。でも、ビジネスは成果がすぐに表面化してこないところが難しいかもしれません。

中竹:そこが大きな違いですね。だからこそ、リーダーにはその難しい役割を担う覚悟が必要になってくるのではないでしょう。(終)

ーー組織文化の変革は、組織の「組織の秘孔を突く」イメージだと楠木建教授は解説してくれました。ではその“秘孔”はどう見極めればいいのでしょうか。新刊『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』の中でもその方法について中竹竜二さんが言及しています。ぜひ組織文化について学び合うコミュニティ「ウィニングカルチャーラボ」で対話を深めていきましょう。