楠木建 一橋大学教授「経営の王道がある。上場企業経営者にぜひ読んでもらいたい一冊だ」と絶賛、青井浩 丸井グループ社長「頁をめくりながらしきりと頷いたり、思わず膝を打ったりしました」と激賞。経営者界隈で今、にわかに話題になっているのが『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』だ。
著者はアンダーセン・コンサルタント(現アクセンチュア)やコーポレート・ディレクションなど約20年にわたって経営コンサルタントを務めたのち、投資業界に転身し「みさき投資」を創業した中神康議氏。経営にも携わる「働く株主®」だからこそ語れる独自の経営理論が満載だ。特別に本書の一部を公開する。

「二年の猶予で事業再生できないなら経営者失格」SHOEI山田元会長の内部留保の考え方Photo: Adobe Stock

日本企業の手許現金は
過去最高の506兆円!

 日本企業が現金を溜め込んでしまうという指摘やデータは数多くあるのですが、2019年9月のブルームバーグによれば、日本企業の手元現金は過去最高の506兆円になったとのことでした(*1)。2019年の日本の名目GDPは約550兆円ですから、さすがに多すぎるのではないかと思います。

*1 「日本企業の手元現金が過去最高――大半の国のGDP上回る506兆円超」Bloomberg、2019年9月3日
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-09-03/PX7EDC6KLVR601

 コロナ禍のような危機が発生すると、日本では「ほら見たことか、現金を保有しておいてよかった」と喧伝されます。その概念自体は正しいのですが、ロジックなしに野放図に現金を溜め込むことは複利効果を薄め、「みなで豊かになる経営」からみずからを遠ざけてしまいます。適正な水準とは何かを合理的に検討しておくべきなのです。

 ここで、一つの考え方を紹介したいと思います。SHOEI元代表取締役会長の山田勝氏の考えです。

 SHOEIはプレミアムヘルメットの世界で圧倒的なシェアを誇るグローバルNo.1企業です。いまでこそ、このポジションを不動のものとしていますが、約35年前には会社更生法を申請した会社でもあります。その際に山田勝氏が事業管財人に就任、数々の経営改革を実践し、現在の地位を築くに至りました。

 倒産、という最も厳しい時期を乗り越えてこられた経営者らしく、山田さんはお金の使い方について規律の利いた思想を持っています。設備投資の基準は厳格ですし、本社も(製品の華やかさとは正反対に)とても質素です。「会社の金は株主のもの」と考える山田さんは、株主のお金を無駄に使うことを嫌って上場記念パーティも開かなかったぐらいです。

 そんな山田さんも自社を守るためにはキャッシュがある程度必要と考えています。一方で、その算定方法は独自の方針に基づいていて、以前私たちにこんな話をしてくださいました。

 私は人件費の二年分だけのキャッシュを会社に備えておきたいと考えています。経営には不確実性がつきものです。売上が突然大きく落ち込むことは十分あり得ます。そういうときに大事なスキルを持った人員をリストラしてしまっては本末転倒です……。

 しかし、二年分の人件費さえ確保していれば、時間的猶予を持って危機に立ち向かうことができるはずです。二年間あれば大概の事業は再生できるはずですし、二年も猶予があるのに事業を再生できない経営者は、経営者としては失格だと思いますよ。

 必要現金と経営能力を天秤にかけ、総人件費の2年分ぐらいを現金として持っておくという考えは実践的、かつ規律が利いている気がします。

(本原稿は『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』 の内容を抜粋・編集したものです)