楠木建 一橋大学教授が「経営の王道がある。上場企業経営者にぜひ読んでもらいたい一冊だ」と絶賛、青井浩 丸井グループ社長が「頁をめくりながらしきりと頷いたり、思わず膝を打ったりしました」と激賞。経営者界隈で今、にわかに話題になっているのが『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』だ。
著者はアンダーセン・コンサルタント(現アクセンチュア)やコーポレート・ディレクションなど約20年にわたって経営コンサルタントを務めたのち、投資業界に転身し「みさき投資」を創業した中神康議氏。経営にも携わる「働く株主®」だからこそ語れる独自の経営理論が満載だ。特別に本書の一部を公開する。
「儲けの構造」は
たった4つに分類できる
本連載の「業界の素人なはずのコンサルタントはなぜ的確な戦略が立てられるのか?」という記事で、「事業経済性」というフレームワークをご紹介しました(図表1)。あまたある事業を「儲けの構造」という視点でシンプルに抽象化・パターン化する便利な道具です。
実は、競争の構図や戦略の骨格も、このパワフルな事業経済性によってほぼ自動的に決まっています。
規模型事業の戦略
──とにかく規模拡大競争
規模型事業であれば規模の経済が効いて、大きくなればなるほど利益「率」が高まるわけですから、ほぼ自動的に規模拡大競争になります。他社よりも先にバンバン先行投資して、その後は脇目も振らず規模を追求しようとする競争構図になるはずです。
安売りしてでも、マーケットシェアを取りに行くようなプレイヤーも出てきます。価格などは、規模を確保したあとで上げていけばよいという発想です。
規模拡大競争が進むと、規模で劣るプレイヤーはどんどん脱落していきます。だから、規模型事業においては生き残った少数の企業同士による熾烈な競争になっていきます。
ここで少しリアルな話をしてみましょう。
私は経営コンサルタント時代、いまIGPIグループの会長をされている冨山和彦さんと一緒に、黎明期の携帯電話キャリア事業のコンサルティングに取り組んだことがあります。
携帯電話キャリア事業では、基地局などの広域ネットワーク構築や、支店や代理店を張り巡らせる営業網、そして契約管理や課金といった業務システム構築に莫大な初期投資が必要です。この部分が全社共有コストになるのですね。
この大きな初期投資をなんとか早く回収しないといけないわけですが、それにはまず、たくさんの数の顧客を獲得したうえで(規模の確保)、月々の通話料によって顧客一人ひとりにかかった顧客獲得コストをなるべく早く回収していかなければなりません(継続利用前提の長期回収ビジネス)。
ここで陥りがちな発想は、「小さく産んで大きく育てよう」という戦略です。参入当初はあまりエリアを広げずに、巨額になりがちな基地局投資を抑えることでなるべく早く投資を回収しようと考える。もし回収が始まったら、その生まれたキャッシュの範囲で基地局投資を一段階進め、少しずつエリアを広げていけばよいではないか、大きな赤字を出さずに事業が展開できるではないか、という一見、合理的な戦略です。
しかし、この戦略はうまくいきません。お客さんが移動しながら通信することが前提の携帯電話ビジネスで、(最初だけとはいえ)エリアが狭い事業者には、顧客が加入してくれないからです。
投資を小さく抑え早期に回収したい気持ちはよくわかるのですが、その気持ちをかなぐり捨て、巨額で長く続く赤字を覚悟してネットワーク構築に大きく投資し、目先の顧客獲得コストも度外視するぐらいの勢いで契約数を猛然と増やしていかないと、競争のスタート地点にすら立てないのです。
当時の冨山さんが描いた戦略は、「谷深ければ、山高し」。競争相手が腰を抜かすぐらい、新規参入者としては破格のネットワーク大投資を行って「広域エリアNo.1」を整備したうえで、さらに巨大な広告宣伝費をかけて、一気にシェアを取る作戦に出たのです。
本当は一台数万円もする携帯電話端末が当時はほとんどタダでばらまかれたことも、必要な事業規模を一気に確保しなければ儲かる事業には決してならないという、事業経済性に基づいた冷静な戦略判断だったのです。
この参入戦略は大成功を収め、参入後は月間シェアNo.1を取る時期が続くほどでした。確かに「谷」(=単年度の赤字)は深かったのですが、一気に顧客基盤を整備し共有コストを薄めたことで、「山」(=その後の利益)は高くなり、当初の事業計画より早く単年度黒字・累積赤字の解消が実現できました。
携帯電話キャリアという事業は、1990年代前半という当時の日本ではまだほとんど誰も本格的にはやっていないという黎明期でしたが、冨山さん(と、現在みさき投資のCIOを務めている麻生武男)という優れた戦略家は、その事業経済性の本質が規模型事業にあるということを見抜き、恐ろしいほどの大投資戦略をクライアントの社長に進言したのでした。