あのころ出会いたかった学校をつくる

──出発点は、古賀さんの「もしも自分が『ライターの学校』をつくるとしたら、こんな教科書がほしい」ですよね。

古賀:はい。もう少し遡って本音を言うと、『嫌われる勇気』をつくって、ある種の燃え尽き症候群みたいになっちゃったんですね。20代でアドラーに出会ってから10年以上温めつづけてきた企画で、何人もの編集者に当たっては断られ、ようやくカッキー(編集者・柿内芳文さん)という強力なパートナーを得て、岸見(一郎)先生と一緒にできることになった。対話篇という変則的な形式で、かなり自分の思い通りに、理想的なかたちで本づくりができた。そして、ものすごい結果もついてきた。

──ええ、ええ。

古賀:これ以上なにをしたらいいんだろうって。今後なにをやっても自分の代表作は『嫌われる勇気』になるだろうし。かと言って、味をしめてアドラーの本を何冊も出すのはいやだ。そこから、自分のなかでアドラーに匹敵するでっかいテーマを見つけなきゃ、って考え始めました。糸井(重里)さんに取材をしたり、古い仏教の本を読み漁ったり。仏教はかなり深いところまで潜って、紹介したい人物と思想も見つけたんです。……でも、これって結局、対象を変えただけで『嫌われる勇気』の二番煎じだよなって。

自分が本当にやりたいこと、やらなきゃいけないことはなんだろう。そう考えたときに、本をつくることはもちろんやるんだけど、「つくる人を育てる」ことを本気でやらないとなって思ったんです。

──つくる人を育てる。

古賀:そう。やっぱりウェブメディアという活躍できる場が増えて、ライターさんの数も、ライターになりたい人も増えているじゃないですか。10年前に比べたら、明らかに。それで僕も、ウェブメディアに掲載された犬の記事とかをよく読むんですが(笑)、便利にまとまってはいるけどライターがライターとしての仕事をしているのかは、ちょっと疑問で。このままだと、ほんとうにAIに取って代わられる未来が訪れかねない。そういう時代に、本物のライターを育てることができれば、本以外にも、自分の足跡を残せるんじゃないか。コンテンツ業界にパラダイムシフトが起きるんじゃないか、と。

──それで、2015年にライターズ・カンパニー「バトンズ」を設立された。

古賀:はい。会社をつくった理由は、ひとえに「次代のライターの育成」です。技術的なことはもちろん、「仕事に臨む姿勢」についての価値観を僕と共有できるライターさんが10人でも20人でも生まれてくれれば、変わると思うんですよ。コンテンツ業界が、もっと言えば世のなかが。

ただ、会社という形態で誰かを雇用して、僕がマンツーマンで伝えていくには、どうしても限界がある。増やしたとしても、5人くらいが精一杯。だったら、会社とは別に「学校」をつくるのはどうだろう?ってアイデアが浮かんだんです。学校だったらいっぺんに何十人も教えることができるし、期を重ねて、受講生が100人になったとして、そのなかから10人でもスーパースターが生まれてくれたらいい。

ライター古賀史健が「文章本の決定版」を刊行して唯一やり残したこと「本物のライターを育てることができれば、コンテンツ業界、もっと言えば世のなかが変わるはず」

──ああ。フリーランスのライター、コンテンツ業界全体としても、教えてもらう、教える機会って少なくて、仕事のなかで身につけた知見はそのまま、さまよってしまう……。

古賀:そうなんですよ。フリーランスで活躍する人が持つ「秘伝のタレ」は、継承されないまま腐り果てる。僕自身も、若いころに教えてくれる先生や先輩に出会えなかった。24歳からフリーランスでライターをやってきて、ずっと我流のままです。若い人にとって、ちゃんと育ててくれる先生のもとで、搾取でも修行でもなく、機会と学びを与えられる場があったら、その後の仕事がずいぶん違ってくるはずなんですよ。

──だから古賀さんがあのころほしかった学校をつくって、先生になると。

古賀:それができれば、僕をはるかに上回るライターが出てくると思うので。

「書く人の教科書」だけでは
遂行できないこと

──それで学校をつくる前に取り組んだのが、授業で使う「教科書」づくりなんですよね。

古賀:はい。いわゆる文章の学校っていくつもあるし、僕も講師として呼ばれたことが何度もあります。でもやっぱり、豪華講師陣を集めて、それぞれの講義は講師任せになるので当然内容も質もバラバラで。もっと言えば、ただの思い出と人脈づくりになっている。なにが足りないんだろう。僕が学校をつくるとしたら、なにが必要なんだろう。考えて行き着いたのが「教科書」でした。

僕が本気で学校をつくるなら、教科書を軸にカリキュラムを組んで授業をやりたい。じゃあ最初にその教科書をつくろうってことで執筆に取り掛かったんです。

──そうして生まれたのが、この、『取材・執筆・推敲』

古賀:当初は学校用の教科書なので、本として出版しなくてもいいかなって思っていたんですよ。でも、実際に僕が教えられる人は限られているし、地方に住んでいたらチャンスが少ないじゃないですか。僕も福岡出身なので、学生時代は東京ばかりに機会が集中することを悔しく思っていましたから。広く伝えられる本のかたちで「次代のライターの教科書」をつくろう、と。

正直、つくる過程で途中、あまりに没頭しすぎて、この本を書き上げたらもう学校はやらなくていいやってなるかもしれないと思ったんですよ。実際、僕が伝えたいことはぜんぶこの本のなかに詰め込んだから。カッキーが帯で書いているように「この1冊だけでいい。」と僕も自信を持って言える。

──そう思います。この1冊で古賀さんの「仕事への姿勢」も「秘伝のタレ」も学べる。この本の仕掛け、桃太郎のワークをやったときに、ただ受動的に読むだけじゃなくて、自分のことばで考えてはじめて、書かれていることが身になっていく感覚がありました。だから、実践のなかでこの本を何度も読み返して考え抜けば、ほんとうに、一生ものの教科書になる。

古賀:うん。この本1冊で自学自習も絶対にできる。それで十分だと思う。ただ、この本が唯一やり残したことがあるんです。

──やり残したこと? なんですか?

古賀:フィードバックです。

──フィードバック!?

古賀:そう。生徒さんが書いた課題に対するフィードバックは本ではできないじゃないですか。いま特にウェブで書いているライターさんはちゃんとした編集者がついていないから、原稿に朱が入る機会が少ないですよね。文章レベル、構成レベルでのフィードバックをもらう機会がないと、伸び悩むと思うんです。だから僕は学校で、本というパッケージではできない、フィードバックをメインにやりたい。そうしてこの『取材・執筆・推敲』プロジェクトを遂行したいんです。

──ほお、なるほどー。学校の話、もっと聞かせてください。

【後編につづく】