いいコーチは「朝令暮改」ができる人

――本には、エディーさんが日本代表監督に就任した1週間後、U20の日本代表がウェールズ代表戦で惨敗したときに、「こんな悲惨な負け方をした理由」を選手に問います。その理由のひとつが「農民気質が染み込んでいる」でした。

 それを聞いて納得できなかったというエピソードですね。エディー・ジョーンズは、そういうことを言うとものすごく怒ったりするんです。たとえば「だれがいまファーマー(農民)なんだ!」「そんなことは言い訳だ!」って。でも元通訳の情報では講演会で「農耕民族のメンタリティ」なんて言ってたりする(笑)。

 いいコーチってみんなそう。朝令暮改なんです。自分のチームが勝つことしか考えていないから言うことがすぐ変わる。そのとき一番、自分がいいと思ったことをすぐ実行する。

 ワラビーズ(オーストラリア代表)のヘッドコーチを解雇されるときも、一部のコーチが協会に、「人間の扱いについての異議」のレターを書いたという話があるんです。それでも、チームをオールブラックスに勝利するところまでもっていく。いっぺんは実績をあげる。

 すぐに感情を口にしてしまって、そのために何度か失敗もあったと書いていましたけど、エディー・ジョーンズという人は失敗から学ぶんです。その素直さが本書の最大の魅力ですよね。自分は失敗した。自分の性格はここが悪いんだ。それを全部格好つけないで明かす人の自伝だから、おもしろいんです。

エディー・ジョーンズのルーツ

――エディーさんの厳しさは、どこから来ていると思いますか?

 彼の育った当時のオーストラリアで15人制ラグビーっていうのは、日本でいうと都会の名門私学とその卒業生が中心のスポーツなんです。シドニーやブリスベンの富裕層の子どもたちがやるわけです。15人制は「ラグビーユニオン」、労働者階級を含めて広く大衆が好むのは13人制のラグビーで、そっちは「ラグビーリーグ」。

 オーストラリアでは、リーグと呼ばれる13人制ラグビーのほうが人気がある。ユニオンと呼ばれる15人制ラグビーのほうは、プライベートスクール出身の都会のエリート層が支えてきました。だから、経済的に豊かではない地区の公立校出身のエディー・ジョーンズは、ラグビーユニオンで恵まれた私学をやっつけようと燃える(笑)。そういうたたき上げみたいなところがあるんだと思います。

――本では、自身のルーツについても語っています。日系2世のお母さんは、エディーさんにとっていまも頭の上がらない存在のようです。

 彼は、「自分はオーストラリア人だ」とインタビューで話していました。あまり自分に日本人らしさを感じたりはしないと。「育った家には、日本文化による影響が明らかにあった。友人宅を訪ねるとき、必ず手土産を持たされて閉口した」と書いていますよね。日本文化の影響はそれくらいで、細部に至るまで規律と注意を怠らない自分の素質がルーツによるものなのか、母個人からの影響なのかはわからない。結論はエディー・ジョーンズという個性は、まさにエディー・ジョーンズだけのものなのでしょう。

 こんなこともありました。イングランド代表の監督になったあと、記者会見に顔に青アザをつくって現れたんです。かつての教え子たちは、罵倒されたスタッフに殴られたんだろうと思ってましたけど(笑)、本人は、「私のママに記者会見に出るときはきれいにしなきゃいけないといつも言われていたので、シェイブ(髭剃り)しているときに転んだんだ」と説明していました。

――エディーさんは選手としては、念願だったワラビーズに選ばれることはありませんでした。

 ワラビーズには選出されませんでしたが、ニューサウスウェールズ州代表に選ばれています。これは当時の、オーストラリアのラグビー選手としては一流の実績です。ニューサウスウェールズ州代表になることは大変な名誉で、ライバルであるクイーンズランド州代表との試合は、国内最高の試合でした。そこに選ばれることは、ほぼワラビーズになったようなものだったんです。あの体格でよくトップのチームで活躍したなと思います。