「収益認識基準」が変わると、売上高も変わる

林教授 一般の人たちは、10億円の会社より20億円の会社の方が規模が大きいと考えてしまう。

カノン 私もそう思います。

林教授 だが10億円の会社も20億円の会社も実態は全く変わらないことがある。これも会計の魔術と言っていい。

カノン そんなことってあるのでしょうか?

林教授 三越伊勢丹という会社を知っているよね。高島屋と並ぶ日本の老舗デパートだ。この会社の決算短信によれば、2021年度損益実績と2022年度の損益予想はこうだ。

カノン 2022年3月期は、売上高が半分近く減っているのに経常利益は240億円も改善するんですね。こんなのあり得るのでしょうか?

林教授 それがあるんだよ。

カノン なぜですか?

林教授 収益認識基準、つまり売上を計上する基準が変わるんだよ。決算短信には次の注記が書かれている。

2022年3月期より「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号2020年3月31日)を適用するため、上記の業績予想は適用後の金額となっております。なお、総額売上高(これまでの計上方法による売上高)は、965000百万円(+18.3%)を予想しております。

カノン どうしてこうなるのでしょうか。

林教授 つまりこういうことだ。君はデパートで洋服を買ったことはあるかね。

カノン もちろんです。女性はファッションに敏感ですし、流行の先端を知るにはいろんなブランドが並ぶデパートに行くのが早道ですから。

林教授 そうだね。洋服は他の商品よりたくさん売れるし利益率も高い。だが商売は容易ではない。なにしろ種類が多いし、季節が変われば店頭に並ぶ商品は入れ替わる。しかも、一年前の商品は定価では売れない。在庫管理は手間がかかる。ハイリスクの商売といっていい。

カノン そうなんですね。でも、デパートの目玉商品を止めるわけにはいきませんよね。

林教授 そこでデパートは「消化仕入れ」という販売形態を考え出した。

カノン どうするのでしょうか?

林教授 テナント(卸業者やメーカー)と商品売買契約を締結し、商品が顧客へ販売されると同時に、テナントから商品を仕入れるという仕組みだ。つまり、商品が売れるまでは商品はテナントに帰属する。だから在庫の責任はない。販売価格もテナント側が決める。在庫リスクを抱えずに商売ができる一方で、テナントが在庫リスクを抱えることになるため、デパートの販売利益率は、普通の買取仕入れと比べて低くなる

カノン それでも、在庫リスクを抱える買取仕入れより商売は有利という判断なのですね?

林教授 そうだね。洋服関係のビジネスは、ある意味で在庫との戦いなんだ。在庫リスクを負わないということは、デパートはあくまで商売の「代理人」にすぎない。なのにデパートは売上高を買取仕入れと同じように計上していた。代理人であるデパートの売上高は販売手数料だけなのにね。例をあげて説明しよう。

例 仕入契約の商品を10000円で顧客に販売して代金を受け取った。この仕入価格8000円、販売手数料2000円とする。

今日の入金額回収 10000 デパートで代金回収
商品代金     8000 テナントに振り込み
販売手数料    2000 デパートの売上(受取手数料)

林教授 繰り返しになるが、2021年度までの会計処理は、消化仕入れであっても売上代金10000円を売上高としていた。しかし2022年からの売上高2000円だけとなる。

カノン 売上高を大きく見せていたんですね!

林教授 三越伊勢丹だけじゃなく、全てのデパートも同じなんだ。だから、全てのデパートで損益計算書の売上高は減少することになる。

カノン ただでさえコロナ禍で売上が減って、しかも来年は会計基準の変更で売上金額も減るわけですね。

林教授 デパート業界全体に逆風が吹いていることは確かだ。だが、その中でもある理由で三越伊勢丹は苦戦している。

カノン 同じデパートなのに…。

林教授 ライバルの高島屋と比較すると、三越伊勢丹の置かれた状況が見えてくる。次回はその理由を説明しよう。

林 總(はやし・あつむ)
公認会計士、税理士
元明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授
LEC会計大学院 客員教授
1974年中央大学商学部会計学科卒。同年公認会計士二次試験合格。外資系会計事務所、大手監査法人を経て1987年独立。以後、30年以上にわたり、国内外200社以上の企業に対して、管理会計システムの設計導入コンサルティング等を実施。2006年、LEC会計大学院 教授。2015年明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授に就任。著書に、『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』『美容院と1000円カットでは、どちらが儲かるか?』『コハダは大トロより、なぜ儲かるのか?』『新版わかる! 管理会計』(以上、ダイヤモンド社)、『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA/中経出版)、『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)、『正しい家計管理』(WAVE出版)などがある。