100年後も古びない価値がある
茂木 書名を、シュレディンガーの名著『生命とは何か』(1944年)と同じにしているのは、すごいことですね。
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、カナダ・マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『奇跡の脳』(ジル・ボルト・テイラー著、新潮文庫)、『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)などがある。
竹内 彼へのオマージュとして、ポール・ナースもそうとう力が入っていると思います。シュレディンガーは量子力学の方程式を発見した研究者ですが、『生命とは何か』の中で物理学者らしい生命観を打ち出しました。エントロピーや情報といった観点から、ある意味、DNAの存在を予言していますよね。『生命とは何か』は、DNAの二重らせん構造の発見(1953年)の前に出版された画期的な本ですが、現在も多くの科学者が読んでいる名著です。
茂木 20世紀に書かれた生命に関する本の中で、間違いなくトップ5に入ると思います。出版されて80年ほど経つのに古びていない。ポール・ナースの『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』も、50年後、100年後でも古びない内容になっていると思います。
ヤマキチョウから見える生命観の捉え方
竹内 この本は「12、13歳のポール・ナースが、庭に飛んできたヤマキチョウの生きている様をまざまざと見た」という彼の原体験から始まるのが、大変印象的です。ヤマキチョウとはどういう蝶でしょうか。
茂木 日本ではおもに山にしかいませんが、ヨーロッパでは平地でもいる蝶です。子どものころに蝶を追いかけていた人間としては、「冒頭にヤマキチョウから来たか……。この人、いいひとじゃん!」って思いました(笑)。
竹内 原体験を大切に持ち続けて、最終的に細胞分裂の秘密を解き明かす。その流れに、幼少時の体験の重要さを感じました。
茂木 後半の「生命とは何か?」という章で紹介されていますが、生物学者のJ・B・S・ホールデンは生きている感じを「色が見える」「痛い」といった感覚になぞらえて、「他の何かに言い換えて説明することはできない」と説明しています。「生命とは何か?」というときに、それをある感覚――私の言葉でいえばクオリアですが――として捉えている。冒頭のヤマキチョウから始まる文章とつながるポール・ナースの生命観がすごくいいですよね。