広く知られている名スピーチとしては、古くはリンカーン大統領のゲティスバーグ演説から、最近ではオバマ大統領が二〇〇九年に行った大統領就任演説などいろいろあります。とはいえ、そうした歴史的スピーチをお手本にしてくださいと言われても、途方に暮れてしまうのではないでしょうか。国民に向けた内容だけに私たちの日常とかけ離れていますし、洗練された用語や高度なレトリックが随所に使われていて、技術的にもそうそう真似できそうにありません。
それに比べてジョブズのスピーチには、学ぶべきポイントがたくさんあります。
ジョブズはプレゼンの神、天才などと称され、アップルの製品発表の場では、いつも華麗なパフォーマンスで人々を魅了していました。そんなカリスマだからこそ伝説のスピーチが可能だと思われるかもしれませんが、このスタンフォード大学でのスピーチに限って言えば、内容にせよ、構造にせよ、非常にシンプルで、私たちでも十分真似できるものなのです。
たとえば、内容面を見てみましょう。学生時代のドロップアウト、起業家としての挫折、九死に一生を得た経験と、さすがにドラマティックではありますが、基本的には自分自身の日常生活とそこから学んだ教訓を語ったものです。
また、構成面では、三つのストーリーを使った単純な構造となっており、難しい言葉も言い回しもほとんど使われていません。
話し方についても、身振り手振りをほとんど使わず、アイコンタクトを多用することもなく、手元の原稿を読みながら話しています。スライドは一枚もありません。
いずれも、特別なスピーチ技術やパフォーマンスがなくても実行できることばかりです。それでも、これほどまでの感動を人々に伝えることができるのです。
それでは、ジョブズのスピーチがなぜ素晴らしいのかを具体的に探っていくことにしましょう。
三つの項目でジョブズのスピーチを分析する
スピーチは、コンテンツ(内容)とデリバリー(話しかた)で構成されています。コンテンツの良し悪しは、「何を話すか」と「どのように構成するか」という二つの要素にかかっています。
ジョブズのスピーチを、「アイデア」「構成」「話しかた」の三つの項目で分析してみると、以下のようになります。