突然、告げられた進行がん。そこから、東大病院、がんセンターと渡り歩き、ほかにも多くの名医に話を聞きながら、自分に合った治療を探し求めていくがん治療ノンフィクション『ドキュメントがん治療選択』。本書の連動するこの連載では、独自の取材を重ねてがんを克服した著者の金田信一郎氏が、同じくがんを克服した各界のキーパーソンに取材します。今回登場するのは前立腺がんを克服した演出家の宮本亞門さん。様々な民間療法をはじめがん治療の選択肢が広がるなか、どうやって自分に合う医療を見つければいいのか、教えてもらいました。(聞き手は金田信一郎氏)。

■宮本亞門さんの「がん治療選択」01回目▶「宮本亞門氏、衝撃の前立腺がん発覚!「でも心は混乱しなかった」」
■宮本亞門さんの「がん治療選択」02回目▶「勃起は?尿漏れは? 宮本亞門さんが前立腺がんの後遺症を明るく語るワケ」

前立腺がん克服した宮本亞門氏「治療の決断、自分の軸を持つことが大事」演出家の宮本亞門さん(写真中央)。前立腺がんを克服し、精力的に活動を続けています。現在はYouTubeでリーディング演劇『日本一わきまえない女優「スマコ」~それでも彼女は舞台に立つ~』を無料配信中。2021年9月には、オーストリアで大絶賛されたモーツァルト「魔笛」の再演を予定。 東京二期会オペラ劇場〈二期会名作オペラ祭〉モーツァルト『魔笛』 2021年9月8日(水) 18:30、9日(木) 14:00、11日(土) 14:00、12日(日) 14:00 東京文化会館 大ホール

――宮本さんは、セカンドオピニオンから戻って、手術を選んだわけですよね。医師の方も確信を持って手術のほうがいいと説明をされたのでしょうね。医師と患者の信頼関係が構築できたコミュニケーションがあり、手術をした方が仕事にも良いと判断した。

宮本亞門氏(以下、宮本) セカンドオピニオンって「自分自身で選んでください」と言っているようなものなんです。でも、僕みたいに「前立腺がんってどこの線?」なんていうぐらいがんの知識がない人がほとんどです。最先端医療といっても医学は日進月歩。手術以外にも、放射線治療があるし、食事療法や、中には「うちのお寺に来てください、手を当てて治しますから」という人や、今、開発中の薬など、がんだと告白したらメールや手紙がたくさんきて、いろいろな治療法があることも知りました。

――様々な民間療法を紹介があり、高額なのに効果の検証が難しいものも少なくありません。宮本さんは、どうやって「これは怪しい」という判断ができたのでしょうか。

宮本 でも、治療法を教えてくれる人たちは、それが「怪しい」と思っているわけではなくて、むしろ、彼らなりの親切心で教えてくれるんです。

 それは見方を変えれば、選択肢がそれだけ増えたということ。だからこそ、その時に自分の中で何を大切にするのかという軸を明確にしていかないと、揺れ動かされてしまいます。僕の継母も子宮がんの後は、「自然治療だ」といって、食事療法を4年くらい続けて、一時数値が下がり、大喜びしていていましたが、その3年後に、今度はいっぺんに数値が上がりいつの間にかがんが転移していた。結局抗がん剤をうち、それもきつすぎて合わず、今は放射線治療中です。

 みんな、生きるために必死に頑張っている。みなさんがあらゆる民間療法の情報を送ってくれたのは、やっぱりそれだけみんな真剣に悩んだり、思いを持っていたりするからです。「あなたのためを思って」という気持ちで送ってくれている。それくらい、みなさん悩んでこられた。

 がん患者の中には「前立腺がんなんて、大したがんじゃない」という人だっています。「そんなものはすぐに治る。もっと大変ながんがあるんだ」と、まるでがん自慢になってしまうこともある。がんには、上も下もないと思うんですが。

 がんになって一番良かったのが、がんサバイバーたちが集まる会に参加したことです。みなさん、すごくポジティブ思考なんです。彼らは実際に闘病しつつも、行動している人たちなんです。悩んでいるだけではなくて、少しでも行動をしようとしている。

 例えば、顔面にもがんが進行していたり、余命数ヵ月だったりするけれど、最後まで行動し続ける。こういう人たちは、生きている今に焦点をあてているようで、明るくて、生の喜びがあふれている。お会いするたびに、僕も勇気づけられるんです。

 がんがあるということは、死という縁を目のあたりにし、そこに近づいていくことでもあります。僕自身、ステージがいくつか分からなかったときの不安は今も覚えています。外を見ても、ビルを見ても、人々が活発に動いている。「生きているのはうらやましいな」「歩きたいな」「走りたいな」「少しでも長く生きたいな」と思っていました。

 舞台をやっていたので人間観察には興味がありましたが、それでもがんになって、人生の勉強という意味では貴重な体験をさせてもらっていると思っています。「生命の勲章」と言っているんですが、「僕はまだガンという勲章を胸に生きている」と思えるようになった。

 かつて交通事故で生死の境を行き来したことはあります。でも一瞬なんですね。それに比べて、がんの方はじわじわと感じてくる。時間があるので、穏やかに過ごせないほどの苦しさを感じることもあります。一概に「がんはこうだ」とは言えず、その人が今までどうやって生きてきたか、これからどうやって生きるか、ということを考える経験が、がんの闘病生活なんじゃないかと思います。

 最初にがんを宣告されると、誰もがまず「なんで自分が」って思います。自分よりもっと不摂生している人もいる。それなのに、なぜ自分のところにがんが来たんだって。つい悩んでしまって、それがグルグル頭の中で周り膨らんでいく。でも、それでは何も答えは出ず、苦しみを増すだけです。自分を責めても仕方がない。あとは天に委ねて、がんを受け入れるのか、受け入れないのか。そういう考え方も含めて、がんサバイバーの生き方が決まってくるように感じます。
(2021年8月6日公開予定の記事に続く)