進行の食道ガンステージ3を生き抜いたジャーナリストの金田信一郎氏が、病院と治療法を自ら選択して生き抜いた著書『ドキュメント がん治療選択』。本書で金田氏が最初に入院し、治療方針に違和感を抱いて逃亡するのが東大病院(東京大学医学部附属病院)です。当時、主治医を務めた病院長の瀬戸泰之先生と“東大逃亡”後、初めて語り合い、治療方針などの疑問をぶつけていきました。第1回は東大病院が力を入れるロボット手術について聞きました。(聞き手は金田信一郎)
――こちらに入院して、がん医療について勉強するきっかけをいただきました。結局、私はセカンドオピニオンで、がんセンター東病院に転院しましたが、東大病院にいる間に、瀬戸先生が日本ではロボット支援手術の第一人者であることを知りました。多くの食道がん患者を見てきた瀬戸先生の医師としてのストーリーが、手術のダメージを少なくする低侵襲性手術に行き着いたのだと思います。地元である秋田の病院にいたところを、がん研(がん研究会)に呼ばれて戻ってこられたわけですね。
瀬戸泰之先生(以下、瀬戸) たまたま、がん研の武藤徹一郎先生が、東大第1外科時代の私の上司でしたが、がん研で食道がんを担当している人が辞められて、私に声をかけてくださったんです。
――秋田の病院と、がん研では違いましたか。
瀬戸 それは全然、違いました。秋田は地域の病院ですから、がんだけでなく、どんな病気も治療しなくてはなりません。がん研はがん専門ですから。
――でもがん研には、地方の病院で治療が難しいがん患者さんが来るわけですよね。
瀬戸 ほかで治療できない状況の患者さんを手術で救うことができれば、外科医冥利につきます。そういったことのできる病院でした。
――その頃から低侵襲性を考えていたのですか。
瀬戸 当時はまだ開胸でしたから、傷も大きく、肋骨を折って手術をしていました。
――低侵襲性手術を考え始めたきっかけは。
瀬戸 食道がんの手術は、最も大きな手術と考えられていました。術後、絶対に人工呼吸器をつける手術はほかにありませんから。膵臓がんや肝臓がん、肺がんの手術ではそんなことはありませんが、食道がんの手術では、首、胸、腹と広い範囲を切り、傷も大きく、肋骨を折ったりもします。合併症率も非常に高く、何らかの合併症が起きるリスクが4割ぐらいあります。一番多いのは肺炎で、これは入院死亡にもつながってしまいます。
――患者のダメージが大きいのは、食道までメスを入れるのが難しいことにあるわけですよね。
瀬戸 胸腔鏡手術でも開胸でも、肺が邪魔になってしまいます。だから片肺を潰して、もう片方の肺だけでしばらく生命を維持するという負担がかかるのです。
それが、テクノロジーの進歩によって、ダヴィンチという手術支援ロボットが出てきました。人間の手が入らない狭いところでも、ダヴィンチは(細い指のようなアームが)入っていきます。アームの先端は関節のように曲がり、様々な操作ができます。
こうした技術が出てきた以上、挑戦をすべきでしょう。それが、非開胸という手術につながりました。肺を潰さず、お腹からダヴィンチのアームを入れて、食道がんの根治手術をしようとしました。
――瀬戸先生がダヴィンチで食道がん手術を考えた頃、アメリカなどの他国は同じような方法をやっていたんですか。
瀬戸 いいえ。最初は今までと同じ(胸を経由する)方法でダヴィンチを使っていました。食道がんにダヴィンチを最初に使った報告は、2001年か2002年ぐらいでしたが、やはり胸を経由していました。それではせっかくの技術がもったいない。そこで、お腹から(アームを)入れる方法を取りました。すると、肺を潰さずに手術ができます。世界で初の試みでした。
――最初の手術では、誰がダヴィンチを動かしたんですか。
瀬戸 私です。
――最初の手術は、かなり時間がかかりましたか。
瀬戸 そうでもありませんが、操作に慣れるまでには1年ぐらいかかりました。輸入業者がデモ機を(文京区)西片に置いていたので、日曜日に練習させてもらっていました。
また最初の2例はダヴィンチの手術後、念のために開胸させてもらいました。もちろん、患者さんの同意は得ています。最初にダヴィンチで胸を開けずに実施したのは2012年1月12日のことでした。手術時間は6時間15分かかり、患者さんは術後16日目に退院しています。
――手術時間も標準的ですし、退院までの期間も短いですね。その患者さんはどのような病状だったのでしょうか。
瀬戸 食道がんのステージ2ぐらいでした。今もお元気にされています。
――70代ぐらいでしょうか。
瀬戸 そうですね。この患者さんは当時、自由診療でした。ダヴィンチが保険適用になったのは2018年のことですから。しかし、当時は患者さんから費用はいただきませんでした。
――費用は病院が負担したわけですか。
瀬戸 最初の5例は、薬代も含めて病院が負担しました。
――その後は、患者さんが費用負担していた。
瀬戸 入院費込みで343万円だったはずです。
――開胸しない世界初の食道がん手術だったわけですね。そして、ほかの病院も追随してきた。
瀬戸 いいえ。現在も私たちのような使い方をしている病院はあまりありません。
――ダヴィンチで食道がんの手術をしていると謳う病院は多くあります。
瀬戸 それは胸腔鏡手術で使っているんです。私たちのような手術は、慣れないと難しいものですから。
――先生のところに、「やり方を教えてほしい」という医師は来ないんですか。
瀬戸 たくさん、見学に来られています。
――それでも、難しいんですか。
瀬戸 なかなか踏み切れないようですね。
――東大病院には胃・食道外科の医師が数多くいますが、何人ぐらいがダヴィンチで非開胸の手術ができるんですか。
瀬戸 私以外だと5人ぐらいです。今、東大病院で実際に手術をしているのは、私も含めて3人しかいません。
(2021年8月17日公開記事に続く)