「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした本書。では、職場のネガティブな感情を緩和して、チームワークを高めるにはどうすればいいのだろうか。著者インタビュー3回目となる今回は、上下関係を良好に保ち、チーム内の温度差を軽減するポイントについて話を伺った。(取材・構成/樺山美夏)

組織心理学マネジメントの常識が覆される!Photo: Adobe Stock

―― 「組織をまとめるのが難しい」「チームの生産性を高めたい」。こうした悩みの多くは、モチベーションがある人とない人のチーム内の温度差が原因だと、『武器としての組織心理学』で述べられています。しかもその温度差は、上司と部下の人間関係によって生じるのですね。

山浦一保さん(以下、山浦) 上司と部下の人間関係を良好に保つためには、特に最初の段階のコミュニケーションに時間をかける必要があります。本にも書きましたが、第一印象から上下関係の形成がはじまっているので、まずは相手のことをよく知る努力を怠らないことです。人柄、能力、知識、経験、実績、信頼性、得意不得意など、できる限りの情報を、そして、そのときどきでお互い交換し合ったほうがいいですね。

 このように距離の近い関係性を、10人いれば10通り形成していくと、メンバーがどれだけバラバラかわかります。そこをしっかり理解したうえで、それぞれ自由に言いたいことを言える環境をつくる。そして、部下から上がってきた意見は積極的に取り入れ、生かしていく努力をする。それがリーダーの主な役割なのです。

―― 本書では、上司と部下の雑談の重要性にも触れています。とはいえ、今テレワークが増えているので、お互いを知りたくても物理的に難しい人も多そうです。

山浦 そうなんです。昔は、仕事が終わったあとのアフターファイブに、上司と部下が食事をしながらよく語り合ったものですが、今はそれも難しい時代になりました。部下が言いたいことを言える場がないと、ガス抜きもできないので、上司はそれができる場を早めにつくってあげたほうがいいと思います。

 人間関係が悪化している組織は、「この1週間あいつとはひと言もしゃべっていない」とふっと思いあたったり、「上司(部下)と会ってもあいさつもしない」といった愚痴や不満が出てきます。口に出して言わなくても、内心そう思っている人が多い。そういう職場は、そもそも最低限のコミュニケーションを行う必要があります。

部下のメンタルを左右する「あいさつ」の影響力

―― あいさつをバカにする人は、あいさつに泣くんですね。本書に、同じ会社の2つの工場の話が出てきます。1つの工場はメンタル不調を訴える社員が複数人いるが、もう1つの工場は誰もメンタルを病んでいない。違いを調べたら、後者の工場では工場長が毎朝社員1人ひとりにあいさつをしていると。

山浦 あの調査は聞き取りのレベルなんですけど、すごく印象的でしたね。他の企業さんでも、組織調査の結果があまりよくない職場について、「あいさつはされていますか?どうですか?」と聞いてみると、「そういえば、あの職場はあいさつしてないね。雰囲気も暗いんだよね」と耳にすることがあります。

 「今さらあいさつなんて」と思われるかもしれませんが、それだけ軽視されているように感じるので、本でもしっかりその機能について書きました。

―― 心理的安全性を担保するうえでもあいさつは不可欠だと、本を読んでよくわかりました。ただし、間違ったあいさつの仕方だと逆効果になってしまうんですね。

山浦 相手の顔を見ずにパソコンに向かったままあいさつしたり、Zoomミーティングで、様子を伺うこともなくいきなり本題に入ったり。コミュニケーションを面倒だと思っている人ほど、あいさつをおろそかにしがちです。たとえオンラインでも、「こんにちは」「おつかれさまです」「よろしくお願いします」が言い合えるかどうかで、その後の雰囲気が違ってきますので。

 ただ、リーダーも仕事が多くていそがしいので、あいさつを忘れることもあるかもしれません。それでも、メールやチャットのやりとりとか、書類の提出の仕方とか、相手のちょっとした反応の変化に気づくタイミングはあると思います。

 もし変化に気づいたら、「何か困ってることない?」とストレートに声をかけてみたほうがいいでしょう。相手の様子に敏感でいる姿勢も、リーダーには求められると思います。

「心の経営」で劇的なV字回復を遂げたJALのケース

―― 人間関係は、構築するのに時間も手間もかかるわりに、成果にどう結びつくかもわかりにくいです。そのため、成果を出すことと、チームの信頼関係を築くことと、どちらを優先するか?と言われたら、成果を出すほうを優先してしまうリーダーは多いのではないでしょうか。

山浦 そうなんです。リーダーは多かれ少なかれ、その傾向を持っていることが分かっています。そして、実際、成果優先のリーダーは、関係志向のリーダーに比べて、部下のパフォーマンスが悪いと不機嫌になったり叱責する頻度が増えます。そして、「できない理由は君にある」と部下のせいにする、他責思考の傾向が強いという研究結果があります。

 一方、部下のほうは、上司との和やかな関係を望んでいて、いろいろ話し合いながらやっていきたい志向が強いというデータも出ています。上司と部下にそれほど違いがあると、チームづくりまで意識が向かない場合が多いのです。

 とはいえ、組織が何のためにあるか考えると、やはり成果を上げて世の中に還元するために存在している集団ですから、リーダーが成果を追うのは当たり前です。一定の成果をあげられない組織は、ステークホルダーの期待に応えられず、存在意義を示しづらくなっていくはずですので。

 だからこそ逆説的になりますが、成果を生み出すのは人間で、人間には心があることを忘れてはいけないのです。上から「やれ!」「動け!」と命令だけされても、部下は嫌になるだけですから。

―― JALが、経営破綻からわずか2年で「史上最高の純利益」を出す見事なV字復活を遂げたのも、組織の一体化に向けた経営理念の明文化が大いに役立ったと本書に書かれています。チームの温度差をなくして心をひとつにすれば、成果も上がることを証明した、非常にわかりやすい事例だと思いました。

山浦 経営破綻後のJALは「心の経営」と言うほど、現場で働く一人ひとりに「JALフィロソフィ」と呼ばれる経営理念のビジョンを浸透させる教育を重視するようになりました。

 このフィロソフィ教育について、JAL社員の方へのインタビューを実施したチームが得た回答(本の中でも紹介していますが)の中には、「最初は『こんなことをやっても意味がない』と猛反発していた人が、数年後には『フィロソフィ教育は良いこと』と言うほど変化した」と回答した方もいました。

 組織が人で成り立っている限り、人の心が一体になれなければ成果は期待できません。そのように成果物を副次的にとらえるJALの考え方は示唆に富む実践事例で、これからの時代では必要かつ重要な姿勢のように思います。

 SDGsを重視して、持続可能な経営を続けるためには、働く人の心の健康が何よりも大切です。目標は成果でも、その成果を確実に生み出せるようにするためには、上司も部下も仕事に前向きに取り組める良好な関係性を維持しなければならないのです。

山浦一保(やまうら・かずほ)
立命館大学スポーツ健康科学部教授
専門は、産業・組織心理学、社会心理学。企業やスポーツチームにおける「リーダーシップ」と「人間関係構築」に関する心理学研究に従事。福知山線脱線事故直後のJR西日本や、経営破綻直後のJALをはじめ、これまでに数多くの組織調査を現場で実施。個人がいきいきと働きながら組織が成果を上げるために、上司と部下はどのような関係を構築すればよいのか、理論と現場調査の両面から解明を試み続ける。

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