ブランドの立ち上げと解散

 しかし「SHAN_QOO_FUU」の挑戦は、厳しい現実の壁にぶち当たることになりました。需要がなかったわけではありません。立ち上げたばかりのブランドとしては珍しく、国内の有名セレクトショップに商品を卸すこともできていました。

 とにかく最高に美しい服をつくろう。そうでなければ世界では勝負できないはずだ。そんな強い覚悟のもと、私は全力で動き回っていました。

「最高の素材」を求めて、生地から服をつくるというのは、ファッションブランドとしては珍しいことでした。ふつうは既にある生地から選んで服をつくります。

「最高の服は、最高の素材からできる」

 最高の素材で最高のデザインをつくっている自負はありました。最高にかっこいい服がつくれているし、受注も順調なのだから、このまま突き進めば、かならず成功できる。そう思っていました。

 今思えば当時の私は、「最高の商品をつくれば最高の結果が出る」という思い込みにとらわれていたのです。

 当時は、自らの思想に忠実であると思っていましたが、今から考えてみると、こうした想いにとらわれていて、ビジネスの感覚が欠けていました。すなわち、美意識をビジネスと結びつける、プロデュース力が欠けていたのです。

 最高に美しい服をつくろうとするあまり、そのためのコストは二の次になっていました。お金がいくらかかったとしても、最高のものをつくれば必ず成功する。そんな固定観念にとらわれていたのです。

 その結果生じていたのは、商品を売れば売るほど損をするという最悪の状況でした。お恥ずかしいことに、原価が卸値を超えている商品もあったほどです。そんな状態ですから、だんだんと会社を回すことだけで精一杯という状態になっていきました。

「どうすれば会社を維持できるか」―。

 毎日毎日そればかりを考えていました。

 その結果、当初両立しようとしていた音楽活動のほうは、まったく手に付かなくなってしまいます。

「自分がお金を稼ぐから、一緒に音楽を続けよう」と約束して、音楽を続けてくれていた、当時のユニットの仲間にも申し訳ない状態でした。

 結局「SHAN_QOO_FUU」は、ビジネスを回していくことができず、ブランドは二年で解散に至ってしまいます。

 私は、友人たちに応えられない状況をつくってしまった自らの不甲斐なさに絶望し、ひどく落ち込む日々が続きました。いったい何のために会社を始めたのだろうか。何が駄目だったのだろうか、と。

細尾真孝(ほそお・まさたか)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。