【投資力】
お金に働いてもらうという発想

 そして3つ目の「投資力」。

 これこそ、日本とアメリカの“お金の教養”の違いが最も現れているといえるでしょう。

 長らく外資系金融業界に身を置いてきた私が強く感じるのは、日本は圧倒的に“リスク許容度”が低いということです。

 日本人はお金というと貯めることばかりに興味があり、“運用”には非常に臆病。

 つまり、“お金に働いてもらう”という考え方がほとんどないのです。

 その根底には、「金、金、いうのは、はしたない」「投資はギャンブルで悪いこと」という価値観があるのではないでしょうか。

 もちろん、アメリカでも「金、金」いうのは決してよいこととはされていませんし、学校のカリキュラムに特別なお金に関するプログラムがあるわけでもありません。

 ただ、日本に比べると、圧倒的多くの人が株式市場に参加しています。

 それは、アメリカ人の個人資産の内訳を見れば明らかです。

 そのためアメリカの子どもたちは幼少期から、親が株価を気にしたりオンライントレードで投資をしている姿を目の当たりにしています。

 そういった環境の違いはとても大きく、アメリカ人にとって“お金の運用”はとても身近なものなのです。

投資とリターンの法則

 その結果、アメリカ人には「リスクとリターンはコインの裏表である」という考えが細胞レベルで身についている印象があります。

 リスクをとらずにリターンを得ることは不可能。

 けれど行動経済学では、得る喜びより失う傷みのほうが大きい(損失回避性が強い)といわれています。

 日本人は、その痛みが怖くて“運用”しようとしません。

 日本人とアメリカ人では、“傷み”への慣れ方が大きく異なります。

 日本人のいう「儲かりますか?」は、イコール、「リスクゼロで儲かりますか?」という意味です。

 日本では、この「リスクゼロ」の概念が、お金に限らず様々なところで肥大化しています。

 一方、アメリカ人の多くは「リターン=リスク」ということをわかっていて、運用において稼ぎたいときは、証券会社などに「もっとリスクをとってくれ」と言っています。

 つまり、「リターンを大きくしてくれ」という意味です。

 リスクをとること自体、アメリカでは極めてポジティブな意味を持っているのです。

 もちろん、彼らもやみくもにリスクをとっているわけではありません。

 リスクをとらないことで降りかかるコストもあり、リスクととったときとそうでなかったときのコスト差を比べ、最終的にリスクをとることを選んでいます。

 一方、日本人は、この“比べる”という入口にたどり着く以前で立ち止まってしまっている感があります。

 リスクどころか、お金の話をすることすらあまりよしとされていない日本。

 でも、私は、子どもの頃から3つの力――「稼ぐ力」「貯金力」「投資力」についてしっかり教えたほうがいいと思っています。その理由はまた次回……。

(本原稿は、ジェームス・マッケナ+ジェニーン・グリスタ+マット・フォンテイン著『13歳からの億万長者入門──1万円を1億円にする「お金の教科書」』の訳者による特別寄稿です)

(第2回に続く)