ベストセラー『13歳からのアート思考』著者の末永幸歩さん、花まる学習会取締役で『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』著者の井岡由実(Rin)さん、そして花まる学習会代表の高濱正伸さん、3名によるトークをお送りする。子育て中の親御さんからのアートにまつわる具体的な質問に答えながら、「アート×子育て」によって自分の人生を生きる子どもがどのように育っていくのか、核心に迫った(全3回 構成/荒木貴裕)。
「3歳児がおもちゃにペイントを……」
【質問】絵の具で遊んでいた3歳の息子が、おもちゃにペイントをしはじめました。止めてしまうと子どもの創作意欲が削がれてしまうと思い、あえて注意をしませんでした。本人は楽しそうでしたが、私はモヤモヤしたまま……。「おもちゃは大切に扱おうね」と注意するべきだったのか、いまだに考えます。私の行動は正しかったのでしょうか? 子どものアートをどう見守り、声掛けすればいいのか基本的なところから教えてください。
末永幸歩(以下、末永):子どもが絵を描いたときのコミュニケーションの取り方としては、3つくらいが考えられますね。まず、私がよくやっているのが「身体を使ったコミュニケーション」です。
じつは先日、うちの1歳の娘も、自宅のフローリングにいきなり絵を描きはじめたんですよね。しかも、いつもスケッチブックに描いているときとは違って、ものすごいスピードで手を左右に動かしていたので、あっという間に大きな絵ができ上がりました。水で落とせるクレヨンだったのでよかったんですけれど(笑)。
発見したときにはびっくりしましたが、「どうせあとで消すんだから……」と割り切って、私も一緒になって娘とフローリングにお絵描きをしてみました。そうしたら、思っていた以上に床がツルツルしていて、クレヨンがものすごく滑ることに気づきました。スケッチブックとは違って描ける範囲に終わりがないですし、手を思いっきり動かせる。彼女の真似をしてみたことで初めて、「ああ、この子はこの感触が楽しかったんだな」と理解できたような気がしました。これが「身体を使ったコミュニケーション」です。
次に、絵という「表現によるコミュニケーション」もあっていいのかなと思っています。私は最近、娘と「共作」するのにハマっていまして、娘がなぐり描きをしたところに私も一緒になって描き込んでいくようにしています。まったく違うものを描くのではなく、娘のなぐり描きを活かしてみたり、そこから連想したものを描いたりするんです。そうやって「共作」しながら絵によるコミュニケーションを図っていると、「私はこういうふうにこの絵を見たよ」とか「あなたに興味を持っているよ」ということを伝えられるんじゃないかなと思っています。
最後が「言葉によるコミュニケーション」です。子どもが描いた作品に対して、どんな声掛けをするのがいいのかというのは、Rinさんのご著書の冒頭でも問われていましたが、やっぱりなかなか難しいんですよね。カラフルな絵が描いてあれば、つい「これは虹?」などのように具体物を言いたくなります。
それを避けるという意味では、「名詞を使わない」のがいいのかなと思っています。子どもが描いた作品にコメントをするときも、「動詞」とか「形容詞」、あとは「擬音語」なんかを使うようにしてみる。たとえば、「ここは『強そう』だね」とか「まわりのところは『やさしい』ね」とか。そうやって名詞以外の言葉を使ってみると面白いんじゃないかなと思っているのですが、Rinさん、いかがでしょうか?
井岡由実(以下、Rin):自分自身を振り返ってみると、たしかに私は「動詞」を使うようにしていますね。あとは「オノマトペ」も使いますね。「ぎゅいん」とか「ぐるん」とか「ぐちゃっ」とか。さらに、「これは腕を大きく動かしてたんだね」「この部分はちょんちょんって力強くやってたもんね」「2つの色を重ねたんだね」というように、作品の制作プロセスについても、気づいたこと・感じたことを伝えたりもします。
子どもたちって「今この瞬間」を生きているので、過去のことはすぐ忘れていくんです。けれども、そうすることによって作品をつくる「過程」を思い出してくれて、いろいろとおしゃべりしてくれたりするんですね。なので、子どもとまったく同じ目線に立ったうえで、「この絵を描いていたあなたは、こんなふうだったよ。私もそれを一緒に見ていたよ」ということを伝えると、子どもたちのほうからも自然に何かを教えてくれます。授業の場でも作品鑑賞会をやったりすると、ほかの子どもたちの作品に対する共感が生まれたりして、どんどん話が弾んでいきますね。なので、子どもの作品に声掛けをするときは、「結果」ではなくて「過程」に目を向けるようにして、一緒に「共感」するということを大事にしていただきたいですね。
末永:お子さんが何かを描いたりつくったりしたときに、どうしても「描かれたもの」「つくられたもの」に対するコメントになりがちというのは、おっしゃるとおりですね。子どもが描く「過程」を意識して、それをしっかり言葉にしてみるってすごく大事だなと思います。
高濱正伸(以下、高濱):子どもが欲しいのは「まなざし」と「共感」なんですよね。教育者として分析すると、子どもたちの「わくわく」とか「描きたい!」っていう自由な発露を妨げないことが大事で、それは要するに、「ちゃんと描かなきゃ」「上手に描かなきゃ」から逃れることです。そのとき、「あなたに興味があるんだ」っていう親の視線は、ものすごいエネルギーの補給源になるんですよね。子どもも「ママ/パパが見ているからもっと描こう!」となる。「あなたのやっていることを知りたいな」が本質にあれば、親としての声掛けもあまり正解を求めすぎずに、のびのびやっていいと思います。
あと、基本的なこととして補足しておくと、お母さん/お父さんになりたての人はどうしても自信がないから、この質問者さんのような「このしつけってあっていますか? 間違っていませんか?」という質問をよくされるんです。ですが、原則としてしつけに正解なんてありません。文化とか、国とか、夫婦の育った環境だとか、そういうもの次第です。おもちゃにペイントしていいのかダメなのかも、本当のところ、どっちだっていい。夫婦のあいだで擦り合わせて、子どもに対してルールを決めていけばいいだけの話です。クリエイティビティはレギュレーションの中にあります。一定のルールがあるからこそ、新しいものが生まれてくる。ですから、しつけは「決め」の問題、「決意」の問題だということだけはお伝えしておきたいなと思います。
末永:親と子が自分たちで考えて、自分たちなりのルールをつくっていく、「正解」をつくっていくっていうことですよね。それは同感です。「おもちゃに絵の具でペイントしてはいけない」っていうルールを考えてみたときにも、そこに見直せる前提が隠れているかもしれません。たとえば「絵は紙に描くものだ」という前提ですね。でも、その前提って別に「絶対」ではないかもしれません。
また、「おもちゃを大切にする」っていうことを考えたときにも、「今ある状態を保つこと」だけが大切に扱うということとはかぎりません。「絵の具で色をつけて、そのおもちゃに対する愛情を示すこと」も、ある意味ではおもちゃを大切に扱っている行為だと言えます。見方を変えて前提自体を疑ってみれば、しつけの答えって無数にあるんじゃないかなと思いますね。
高濱:そうなんですよ。でも、お母さんたちはどうしても「これって正しいのかな……」って心配になってしまう。ですから、おうちのルールとかしつけについては「心配し過ぎなくて大丈夫ですよ」って言いたいですね。
Rin:このエピソードを読んだときに思わず笑っちゃったんですけれど、私もきっとこの子はこのおもちゃがものすごく好きだから塗ったと思うんですよね。色を塗らないではいられないくらい、このおもちゃが大好きなわけです。
高濱も言ったように、しつけは決めの問題なんですが、それと同じくらい大切なのは、「子どもの気持ちがどこにあったのか」をいったん考えてあげることだと思います。そうすると、このおもちゃがすごく好きだからやっちゃったということが見えてくる。そうなると、「やっちゃったね~」って親子で笑い合うくらいでいいのかもしれません。
家のルールをどう決めるとしても、親から「このおもちゃがすごく好きでやっちゃったんだね」のひと言があるだけで、子どもの納得感は違ってきます。「いったん共感してもらえた」というワンクッションは必要だと思いますね。
(第3回に続く)
美術教師/浦和大学こども学部講師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト
東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、東京学芸大学附属国際中等教育学校や都内公立中学校で展開。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップや、出張授業・研修・講演など、大人に向けたアートの授業も行っている。初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)が16万部超のベストセラーに。オンラインで受講できるUdemy講座「大人こそ受けたい『アート思考』の授業──瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨く」を2021年5月に開講。
1978年奈良県生まれ。2001年児童精神科医の稲垣 孝氏とともに、心を病んだ青年たちへの専門的な対応に専心したのち、2004年花まる学習会取締役に就任。2005年朝日小学生新聞で「国語のきほん」連載担当。その後『国語なぞぺ~』他を執筆。2007年に芸術メセナとしてGallery OkarinaBを立ち上げ、自ら国内外での創作・音楽活動や展示を続けながら、「芸術を通した幼児期の感性育成」をテーマに、「ARTのとびら」を主宰。教育 × ARTの交わるところを世の中に発信し続けている。
花まる学習会年中・年長向け教材開発に携わり、冊子「1年生になる前に」では、幼児期に伸ばしたい能力や感性の教育について論じる。
2009年より子どもたちのための創作ワークショップクラス「Atelier for KIDS」、2017年よりお母さんのための創作と対話のクラス「WORKSHOP for MOM!」を開催。2018年、ART × 教育の活動の軌跡を明らかにした『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』を実務教育出版より出版。
2019年より高知県佐川町立小学校と保育所にて「子どもたちがより主体的に自分の人生を生きるための、非認知能力を育てる」ことを目的に、Atelier for KIDsの授業を定期的に開催。武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科にて講義も行う。
花まる学習会代表
1959年熊本県生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了。1993年、「数理的思考力」「国語力」「野外体験」を重視した、小学校低学年向けの学習教室「花まる学習会」を設立。算数オリンピック委員会理事。テレビ「情熱大陸」「カンブリア宮殿」「ソロモン流」、朝日新聞土曜版「be」、雑誌「AERA with Kids」などの多くのマスコミにも登場。著書に、『お母さんのための「男の子」の育て方』『お母さんのための「女の子」の育て方』『働くお母さんの子どもを伸ばす育て方』(以上、実務教育出版)、『本当に頭がいい子の育て方』(ダイヤモンド社)などがある。