ビジネスパーソンの「知の探索」のためのSF思考

――コマツの例はまさにそうですが、既存事業を深化させながら、新規事業を探索する「両利きの経営」の実践にSFプロトタイピングは有効といえるのではないでしょうか。

 そうですね。長く続いている組織ほど、探索より深化に偏ってしまいますが、イノベーションを起こすためには探索が絶対に必要です。そして、探索を続けるには「未来像の腹落ち」が不可欠です。「30年後にこんな会社になろう」「ビジネスでこんな価値を出そう」というビジョンに腹落ちしていれば、多少リスクがあっても前進できますが、そうでなければささいな失敗ですぐつまずいてしまう。グローバル企業はここを一番大事にしているし、SFはそのための手段になると思います。

――ここまでは、主に経営層のSF活用の話でしたが、実は『SF思考』には「ヤル気はあるけど解を持たない若手やミドル層」を鼓舞したい、という気持ちを強く込めています。「やりたいことが分からないなら、まずSFを作ってしまおう!」と。入山先生はこの点についてどう思われますか。

優れた経営者にはもう常識!世界標準のビジネスをドライブする「SF思考」いりやま・あきえ
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。
Photo by Takehiro Goto

 ああ、それもいいですね。現状を突破しようと思えば、発想を遠くに飛ばさなくちゃいけない。僕もイノベーターを育成するプログラムで「とにかくヤバイ妄想を考えてプレゼンしろ」というお題を出したことがあります。「できるだけ参加者全員が反対するようなアイデアを考えろ!」と。SF思考に似ていますね。

 イノベーションの出発点は「知の探索」です。新しいものを生み出すためには、自分が当たり前と思っている認知の外に出なくちゃいけない。カレーチェーン業界2位の「ゴーゴーカレー」を1代で育てた宮森宏和さんの座右の銘は、「発想力は移動距離に比例する」だそうです。遠くに行く、知らない場所に行く、というのも自分の認知の外に出るための工夫で、確かに優秀なビジネスパーソンは移動距離が長い傾向があります。

 一方、ファーストリテイリング社長の柳井正さんは、家にこもってとにかく膨大な量の読書をしていると聞いたことがあります。物理的には移動しないものの、意識を遠くに飛ばすタイプの「知の探索」ですよね。特にSFは認知の外に出て未来を考えるには格好のジャンルです。もちろん、SFを読むだけでイノベーションが生まれるわけではありませんから、意識的に異分野を掛け合わせていく工夫が必要です。

――『SF思考』は、まさにSFと異分野を掛け合わせるための手法を紹介した本なので、自分の未来を自分の手で創造したい人にも広く読んでほしいと思っています。本日はありがとうございました。