連載タイトルの「2.2坪」は、焼肉屋「六花界(ろっかかい)」の実面積。東京・神田駅の東口から徒歩30秒。飲食店がひしめくサラリーマンと金融の街「神田」のガード下に、2.2坪の焼肉店が生まれました。四畳半程度のスペースの中に、厨房もトイレも客席も全部ある、めちゃくちゃ狭いお店。「2.2坪? やめとき! 無理無理! そんな狭い飲食店ないもん!」……誰に話しても否定の言葉ばかり浴びせられる毎日。ところが、今や「狭さ」「不便さ」を逆手にとった戦略が注目を浴び、12年経った今でもTVやメディアで取り上げられ続けており、「和牛+和酒」「立ち食い焼肉」「知らない人と七輪共有」「タレ肉は出さない」などストーリーのある焼肉店として話題に!「私語禁止、撮影禁止、スマホ禁止」「SNS投稿禁止」「完全紹介制」「支払いではなくお月謝」「女性だけしか予約の取れないお店」「プロジェクションマッピングも活用した劇場型焼肉店(クロッサムモリタ)」など、誰も思いつかなかったようなオンリーワンなコンセプトで超予約困難店に! そんな食通たちをうならせている森田隼人の奇想天外な発想と経営哲学、生き方がわかる注目の1冊が、『2.2坪の魔法』。今回のテーマは、2.2坪の激セマ焼肉店・店主がお肉に、塩も胡椒もタレもつけないことを決めた理由です。(撮影・榊智朗)
僕たちが調味料で下味をつけないのは、
東京・神田という立地にも関係しています
コンセプトに沿わないムダなことは一切捨てることを決めましたが、それはメニューやお肉にも通じることです。
六花界ではお肉に味付けをしていません。
下味の塩胡椒すらしていない。本当の意味で「ただの焼肉屋」です。
僕が知る限り、ほぼすべての焼肉屋さんではもみダレなどで下味をつけた状態で提供し、お客様自らが肉を焼き、つけダレをつけて食べます。もはや肉質など二の次で、タレの味と食感が勝負になっていることも多々あります。
事実、肉に軟化剤を使っているところもあると、たまに聞きます。みなさんが最初に焼肉屋さんで頼むであろう「タン」などは、もはやポテトチップスのような加工がされています。もし機会があれば、焼く前に表面を触って舐めてみてください。うま味調味料と呼ばれるグルタミン酸ナトリウムの味でいっぱいになるはずです。
冷凍したお肉のドリップと臭みを隠すために、ニンニクダレを使う店舗も少なくありません(ただ、この文化は昔からの焼肉の知恵で、僕自身は嫌いではありません)。
六花界で僕たちが調味料で下味をつけないのは、牛の命を大切に想っていることと肉質と鮮度に自信があるのはもちろんですが、東京・神田という立地にも関係しています。
六花界は、サラリーマンの街・神田にあります。タレづけしたお肉を焼くと、揮発した匂いがスーツに付着してしまい、なかなかとれません。煙モクモクの狭い店内ならなおさらで、網もすぐに焦げついてしまいますし、しょっちゅう交換しなきゃダメになり、ロスも大きい。
たしかにタレづけのお肉は瞬間的な満足度は高いのですが、次の日は塩分や糖分で胃がもたれやすく、むくみやすくなります。
僕は、六花界には気軽に毎日でも食べに来てほしかったので、タレをつけてお肉を出すよりも、新鮮なお肉を素材の味そのままに、さっぱり自家製ポン酢で食べてもらう「六花界スタイル」を考えました。
驚いたのは、自信のあるお肉をシンプルに提供していると、お客様の好みもシンプルになるようで、「せっかくいいお肉だから塩で食べたい」と、海外旅行などで買ってきたお塩を持ち込まれるお客様もでてきたことです!
知らないうちに六花界には見たことのない高級塩が増えましたが、これらは全部お客様のお土産です。見たことのない国の特殊な塩まで時々いただきます。
めちゃくちゃ美味しくて、「これ仕入れたいなぁ……」と気持ちが揺らぐこともあります。
お客様同士でシェアリングする塩は、ちょっとした見本市みたいで、最近はお客様がご自身でカスタマイズしてお好みの食べ方で楽しんでおられます。
六花界の一番の調味料、何よりそれは「六花界の空気感」だと思っています。