積極財政が経済成長をもたらす
では、財政政策が経済成長をもたらすという「新しい見解」は正しいのであろうか。
ここに、クレディセゾン主任研究員の島倉原氏が作成した図がある。OECD32ヵ国と中国について、1997年から2015年の間の財政支出の伸び率と名目GDP成長率の相関をとったものである。
見て明らかな通り、極めて高い相関がある。そして、財政支出の伸び率が最も低く、GDP成長率も最低水準にあるのが、日本である。
過去20年の間、どの国よりも財政支出を抑制し続け、そしてどの国よりも成長しなかった国、それが日本なのだ。
「古い見解」に固執する健全財政論者は、この不都合な図を見せられると狼狽え、苦し紛れに「これは、相関関係であって、因果関係ではない」と言い放つのが常である。
要するに、「財政支出の拡大が経済成長をもたらしたのではなく、経済が成長したから財政支出が増えたのかもしれないではないか」と言いたいわけだ。
もちろん、この図だけでは、因果関係は説明できない。
しかし、積極財政が経済成長をもたらすという因果関係については、すでにイエレンが説明した通りである。
他方、「経済が成長したから財政支出が伸びた」という因果関係を想定するのは、相当に無理がある。
なぜなら、もし、財政支出を拡大しても経済成長はできないという「古い見解」が正しいならば、経済が成長したからといって、それに合わせて財政支出を増やさなければならない理由はないだろう。むしろ、財政支出を積極的に抑制することで、経済を成長させた国があってもいいはずだ。
ところが、先ほどの図には、「経済成長率は高いが、財政支出の伸び率は低い」という国はないのである。
また、積極財政は、インフレ圧力をもたらす。「古い見解」を信じる日本の健全財政論者に至っては、積極財政は制御不能なインフレを引き起こすと主張し、デフレ不況下での財政出動にすら反対してきたはずだ。だとすると、経済が成長したら財政支出を増やすなどという財政運営をしたら、極端なインフレになるはずであろう。
ところが、先ほどの図にある通り、日本以外の国は、すべて日本よりも財政支出の伸び率が高いにもかからず、この中に過剰なインフレで苦しんだ国など一つとしてないのである。
ということは、この図は、やはり積極財政が経済を成長させるという「新しい見解」を裏付けるものと解釈すべきなのだ。
すでにバイデン政権は、イエレン財務長官の下で「新しい見解」を採用し、積極財政路線へと転換した(なお、現在、アメリカではインフレが進んでいるが、これは原油高や物流の混乱など供給側に起因するコストプッシュ・インフレであって、財政政策によるものではない。参照資料1 参考資料2)。
ところが、日本は、依然として「古い見解」が幅を利かせている。
それどころか、矢野康治・財務次官が「財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」(『文藝春秋』(11月号))という論文を大真面目に発表し、それを経済学者やマスメディアあるいは財界人がこぞって賞賛するという有様である。日本経済が成長しなくなったのも当然であろう。間違った「古い見解」を改められないのだから。
なお、この財政政策の「古い見解」vs「新しい見解」を巡っては、12月10日発売の『文藝春秋』(1月号)において、健全財政論者の小林慶一郎氏と対談を行っているので、併せて参照されたい。
(注1)Janet L. Yellen, ‘Macroeconomic Research After the Crisis,’ 60th Annual Economic Conference, Boston, Massachusetts, October 14, 2016
1971年神奈川県生まれ。評論家。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)、『変異する資本主義』(ダイヤモンド社)など。