岸田内閣が本格的に動き出した。衆院選では、有権者から圧倒的な支持を得た岸田首相だが、総裁選のときに表明された「令和の所得倍増計画」という言葉は聞かれなくなり、「分配なくして成長なし」というキャッチフレーズも「成長なくして分配なし」へと転換しつつあるようにも見える。そんななか、鳴り物入りで始まった「新しい資本主義実現会議」では急ピッチで議論が進んでいる。しかし、「新しい資本主義とは何か?」が不明確なまま議論が進むことを懸念する向きも多い。経済アナリスト・森永康平氏に、「新しい資本主義」が“腹落ち”しない理由について論じていただいた。

岸田政権の「新しい資本主義」が“腹落ち”しない理由写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

何をもって「新しい資本主義」とするのか?

 岸田内閣が本格的に動き出した。

 先の衆院選では、与野党ともに大物議員の落選という意外な結果が散見されたものの、事前の報道のように野党共闘を受けて自民党が大幅に議席を減らすといったことはなく、絶対安定多数を維持することとなった。

 数字だけを見れば有権者から圧倒的な支持を得た岸田首相だが、選挙の前後でその発言には変化が見られる。

 衆院選に先立って行われた総裁選時の岸田氏の発言を追えば、「令和の所得倍増計画」「分配なくして成長なし」「新しい資本主義の実現」などが政策の主軸になると思われたが、その後、首相が「令和の所得倍増計画」について言及するのを目にすることはなくなった。また、当初の「分配なくして成長なし」という主張も、「成長なくして分配なし」へと転換しつつあるように見える。

 一方、「新しい資本主義」については具体化が進んでいる。

 衆院選に先立つ10月26日、首相直轄の「新しい資本主義実現会議」が初会合を開催。11月26日には第3回会合が開かれ、来春にビジョンと具体化の方策を取りまとめるために急ピッチで議論が進められようとしている。また、先般の岸田首相の所信表明演説でも「新しい資本主義」について大々的に取り上げたところだ。

 しかし、私には「新しい資本主義実現会議」で何を議論しようとしているのかが正直よくわからない。

 もちろん、内閣官房のホームページで公開された「新しい資本主義実現会議」の資料を見ると、「『成長と分配の好循環』と『コロナ後の新しい社会の開拓』をコンセプトとした新しい資本主義を実現していく」ことを会議の目的と定め、以下のような課題が列挙されてはいる。

・いまだ低い潜在成長率
・コロナ禍で顕在化したデジタル対応の遅れ
・非正規・女性の困窮などの課題
・気候変動など経済社会の持続可能性の確保
・テクノロジーを巡る国際競争の激化
・中間層の伸び悩みや格差の拡大
・下請企業へのしわ寄せ

 しかし、DX、ICT、SDGsなどの流行り言葉が踊るばかりで、「新しい資本主義」の内実が見えてこないのだ。

 実際、第1回会合後に出席者である民間有識者に対して行われた取材を基にした記事を見ても、「新しい資本主義とは何か」という問いかけに対して、「現時点では分からない」という回答であった。そして、私が見るところ、第3回会合が終わった現在も「新しい資本主義」は明確にはなっていないように思われる。

 もしそうだとすれば、議論の進め方に問題があるということになろう。

 たしかに上記の課題はそれぞれ重要なものではあるが、それらを並列に論じたところで、議論は拡散するばかりだ。下手をすれば、全体の整合性がないまま、雑多な施策をひとまとめにして「新しい資本主義」という“看板”をかけるだけで終わる恐れすらあるのではないか。

 そもそも、「新しい資本主義」を実現させようとするならば、その議論の前提として「資本主義」の定義が共有されていなければならないはずだ。そして、物事には良い面と悪い面の両面があり、現行の「資本主義」において、どのような悪い面が大きくなりすぎてしまったのかを明確にしなければ、何をどう変えて「新しい資本主義」を実現するのかを議論することはできないはずだ。

 同会議は来春までには具体策を取りまとめるとしているが、それまでわずか数ヵ月という短期間に、「新しい資本主義」を定義し、それを実現するための具体策を体系的にまとめるなどということが本当にできるのだろうか? 疑問を覚えずにはいられない。