シュンペーターが予見した「資本主義の変異」

 ちなみに、先ほど参照した『変異する資本主義』において、中野剛志氏が何を論じたかに触れておこう。

 結論から言えば、中野氏は、現下のコロナ禍と中国の地政学的脅威によって、世界の経済システムは、シュンペーターが言うところの「社会主義」――政府の経済社会への関与の強化と積極財政――へと変異するだろうと予言している。

 シュンペーターの言う「社会主義」とは、「生産過程の運営を何らかの公的機関に委ねる制度」のことであって、「より平等な社会構造」「民主的か権威主義的か」などのイデオロギー的な意味合いは込められていない。

 また、シュンペーターは「資本主義」や「社会主義」という概念を、いわゆる「理念型」と考えていることにも注意が必要だ。彼は、「社会主義」という言葉を、「資本主義」の対義語としては使っていないのだ。

 すなわち、現実の経済システムには、「純粋な資本主義」も、「純粋な社会主義」もない。現実の資本主義は、程度の差こそあれ、いずれも、公的な経済運営や公的な経済計画といったものを含んでいる。それゆえ、現実に存在する経済システムは、「資本主義」か「社会主義」か、ではなく、すべて、「純粋な資本主義」と「純粋な社会主義」の間のいずれかの状態にあるもの、とみなすべきだというのだ。

 そして、シュンペーターは、第二次世界大戦中に発表された「戦後世界における資本主義」という論文において、このように論じた。

 戦後は、戦時中の軍事需要が消滅することで、深刻な不況が到来することが予想される。その戦後不況を克服するために、戦前の政策手法、すなわち公共投資によって政府が所得と雇用を生み出す政策(例えば「ニュー・ディール政策」)が活用される。そして、戦後世界の資本主義は戦前のそれとはまったく異なるもの――社会主義化した経済システム――へと変異するであろう、と予見したのであった。

 シュンペーターはこう言ったという。

「そのようなシステムは、なお資本主義と呼ばれるであろうことは疑いない。しかし、それは、人工装置によって生きながらえ、過去の成功を担保してきた機能のすべてが麻痺した、酸素吸入器付きの資本主義なのである」

 そして、中野氏も現在の世界情勢を分析したうえで、「資本主義は、米中対立という地政学的な環境変化を受けて、社会主義へ向かって変異するだろう。その変異の経路については、シュンペーターの予想とは異なるが、結末においては、彼と一致するのである」と結論づけている。

アメリカで始まっている「新しい資本主義」

 詳しくは、『変異する資本主義』をお読みいただきたいが、中野氏は、バイデン政権の経済政策に「社会主義化」の予兆を見出している。

 ご存じのとおり、バイデン政権は、新型コロナ対策という短期的な巨額の財政出動だけでなく、5年間で総額1兆ドル(約113兆円)規模のインフラ投資法案など、中長期的にも巨額の財政出動をすることを決めた。

 これは、レーガン政権以降、新自由主義にのっとり「小さな政府」を志向してきたアメリカにおいて、「経済政策の静かなる革命」と言われるほど画期的な大転換であった。ただし、この大転換を可能にしたのは、エリートたちの理性でも民主的な熟議でも、はたまた経済学者たちの政策提言でもなく、「軍事大国化した中国」という地政学的な脅威だったのだという。

 中野氏が特に注目するのは、バイデン政権において異例の若さで大統領補佐官(国家安全保障問題担当)に登用されたジェイク・サリバンである。

 サリバンは、中国という地政学的脅威を前に、新自由主義のイデオロギーを放棄し、安全保障と経済政策を再び一体として考えた「新しい経済哲学」を樹立しなければならないと訴えているという。

 そして、「国家債務より過少投資の方がより大きな安全保障上の脅威である」「安全保障にとっては、積極財政、とりわけインフラ、技術開発、教育など、長期的な競争力を決定する分野への積極的な政府投資が必要である」「『アメリカの多国籍企業の利益は、アメリカの利益である』という思い込みも捨てるべきだ」などと主張。こうした政治勢力が台頭した結果、アメリカにおいて「経済政策の静かなる革命」が起きたのだという。そして、中野氏は、ここにシュンペーターが言うところの「社会主義化」(=新しい資本主義)の予兆を見て取っているのだ。

 翻って日本はどうか?

 実は、アメリカ以上に中国の地政学的脅威にさらされているのは日本である。にもかかわらず、依然として「積極的な財政出動は財政破綻を引き起こす」という周回遅れの議論がなされている情けない状態である。

 しかも、状況は悪化を続けている。

 例えば、ここのところ中国ではスマホゲームや学習塾、仮想通貨の取引など様々な分野に規制がかかり始めるなど、中国共産党の強権的な動きが目立つが、中国国家統計局の発表によれば2021年第3四半期の実質GDP成長率は前年比+4.9%と成長の頭打ちを感じさせる結果となった。

 これは危険な兆候である。

 なぜなら、高成長によって誤魔化せていた強権的な政策も、経済成長が伴わなければ国内の不満が爆発する可能性が高まるからだ。そうなれば、共産党政権が、国民の不満の矛先を国外に向けるように仕向ける誘因となり、手始めに台湾を侵攻するというシナリオは誰もが思い浮かぶところだろう。

 実際、アメリカのロバート・オブライエン前大統領補佐官(国家安全保障担当)は、来年の北京五輪と2024年に行われる米次期大統領選の間に、「台湾侵攻」の可能性があることを指摘している。台湾有事となれば日本はまさに当事者である。

 アメリカは、中国という地政学的脅威を前に、「新しい資本主義(=社会主義化)」へと舵を切ろうとしているが、我が国はどうすべきなのか? これこそ「新しい資本主義実現会議」が議論すべき核心的なテーマではないかと、私は考える。

岸田政権の「新しい資本主義」が“腹落ち”しない理由森永康平(もりなが・こうへい)
金融教育ベンチャーの株式会社マネネCEO、経済アナリスト
1985年、埼玉県生まれ。証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。その後2018年6月に金融教育ベンチャーの株式会社マネネを設立。現在は経済アナリストとして執筆や講演をしながら、金融教育ベンチャーであるマネネのCEOやAI企業のCFOを兼務。著書に『MMTが日本を救う』(宝島社新書)や『親子ゼニ問答』(角川新書)などがある。YouTube番組「森永康平のビズアップチャンネル」を運営。文化放送「おはよう寺ゃん」水曜日レギュラーコメンテーター。新日本文化チャンネル桜「Front Japan 桜」キャスター。日本証券アナリスト協会検定会員。